220人が本棚に入れています
本棚に追加
/722ページ
フランツ大司教は書斎の窓から遠くを眺めていた。
夕闇迫る空が、悲しかった。
突然、扉を叩く音が響き、男の声が聞こえた。
「誰じゃ」
「自身の息子の声も忘れられましたか?」
ゆっくりと扉が開き、息子ゴルドーが神官と供に部屋に入って来る。
「……何用じゃ」
「相変わらず素っ気ないですな」
「用があるなら、さっさと申せ」
「……イシュタイルの今後について、大司教様にお願いがございます」
「!」
思いもよらないゴルドーの言葉に、驚きと喜びがフランツの顔を僅かに綻ばせた。
『大司教の姿を見て育ったのです。イシュタイル教がどうあるべきか、ご子息にも必ず伝わっております』
聖竜将軍との会話を思い出す。
「お前がイシュタイルの今後の何を考えているのか、申してみよ」
フランツはその心とは裏腹に、厳しい口調で返す。
息子よ。
思えばお前には、いつも必要以上に厳しくしてきた。
自分の跡を継ぎ、立派な大司教になって欲しいと思えばこそ、あえて厳しく接してきた。
お前に一体どのくらい伝わっていただろうか。
民あってのイシュタイル教、宗教である。
ゆえに、時としてイシュタイル教にとって不利益になろうとも、民にとって有益であれば、民の為に動くべきである。
民への思いやりの積み重ねが、今後のイシュタイル教の礎になっていくのだ。
「……さい」
待て、何と言ったのだ。よく聞こえない。
「……」
こ、声が……出ない?
「!?」
背後に誰かいるのか?背筋が凍る、この恐ろしい邪気は一体何だ?
ゆっくりと視線だけを…視線だけが、得体も知れぬ恐怖の正体をとらえた。
ゴルドーと来た共に神官?……いや違う。
この者は神官などではない。
なんという残忍な眼光だ……。
身体が、身体が動かない。いや、動くことを拒んでいるのか……。
息子よ……これがお前の出した答えか……。
歪んで行くゴルドーの姿は、どこか悲しげに微笑んでいる様に見えた。
もう何も聞こえない。自身が倒れる音さえも……。
目の前がやがて闇に閉ざされる。
息子よ……
最後に……たかった………………。
最初のコメントを投稿しよう!