2学期・前半

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「お父様は、どうされてるの?」 朱莉の話が現状に至って途切れたタイミングで、ずっと黙って聞いていた母さんが質問を投げた。 俺もそれは少し気になっていた。 半年近く朱莉の家へ通って、一度も顔を合わせることのなかった彼女の父親。 本来なら、その人が率先して問題解決の糸口を探しているべきだ。 「父は――……」 消え入りそうな小さな声だった。 反射的に、俺は彼女に倣い手元のマグへ視線を逃がした。 『HAPPY!』の結んだ口の口角が、徐々に歪んで下を向いていくような錯覚に襲われる。 俺が逃げてどうする、目を背けるな。 彼女を助けてやりたいと、あれだけ願っていたのに。 顔を上げた先で、歪んだ笑いを浮かべているのは『HAPPY!』ではなく朱莉だった。 「現実から目を逸らしたのだと思います。仕事仕事と言って、最近はほとんど家に戻ってきません」 瞬間、ガンッと大きな音が響いた。 母さんが拳でテーブルを叩いた――殴った音だ。 次いで、母さんの手元にあった『SMILE!』が転がった。 幸いそのマグの中身はほとんど尽きかけていて被害は最小限にとどまり、『SMILE!』の文字を上にして止まったそれを見て、母さんはハッとしたように笑顔を取り繕った。 「ごめんごめん、ちょっとムカッときちゃった」 正直すぎるその物言いに、朱莉は表情を和らげる。 「分からなくて……。ただ、変わってしまった母を見たくないだけなのか。もしかしたら……父が、母と同じ様に母のことを責めているのかも知れないと思うと、怖くて」 朱莉が無理して作る笑いと、誤魔化しきれない声の震えが、俺の心臓を締め付けた。 いつの間にか見上げるような視線を集めていて、無意識に立ち上がっていたことに気付きストンと腰を下ろした。
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