2学期・前半

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「なーにしてんだ、俺」 自室に籠りベッドに仰向けに倒れ込むようにして、未だ彼女の感触が残る右手を天井に向けてかざす。 見えているのは自分の手の甲なはずなのに、そこに浮かぶのは瀬戸朱莉の様々な表情だった。 一体いつから、この気持ちが育っていたのだろう。 一緒に過ごした短い期間を思い返し自問しても、明確な答えなどどこにもなかった。 「――ハッ」 漏れた笑いは、自嘲。 追い続けた夢が故の、渇き。 気が付いた恋心がもたらした甘さは1人になった途端に鳴りを潜め、渋味と苦味だけが広がった。 子どもは親の前ではいつまでも子どもだし、親は何があっても親なのだとついさっき母さんが言っていた。 同じことだ。 俺が菅井先生を卒業後いつまで経っても恩師と思っているように。 朱莉が俺の呼称を『センセイ』から変えられない、それが全て。 契約が解除されたところで、俺が彼女の家庭教師で、彼女が俺の生徒だったという事実は消えない。 それは頑なに『聖職者』を目指してきた俺にとって、抗い難い背徳感だった。 ――『俺たちまだ教師じゃないの。立場上先生って呼ばれてるだけで、ただのアルバイトよ』―― 不意に、いつかの裕也のセリフが蘇った。 アイツみたいにそう割り切ってしまえれば、自分の気持ちに素直になれるだろうか。 「……アイツ、絶対笑うよな……」 笑いの種になどなってやるものか。 改めて、自分に言い聞かせるように唱える。 俺の夢、教師のあるべき姿、目指すもの、理想、――そして、自制と、自戒。 かざしたままだった右手で拳を作り額に打ち下ろすと、意図して声に出し「よし」、と呟く。 解放されたばかりの感情に、出来ればもう二度と出てこないでくれと願いながらフタをした。
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