2学期・前半

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母さんは、血相を変えて朱莉を迎えに出て来た彼女の母親に、正直に俺の――クビになった元・家庭教師の母親だと名乗ったらしい。 そこから適当に辻褄を合わせた作り話をまぜながら、朱莉を無理やり食事に誘ったのは自分だと説明した。 どうやら母さんは息子と一緒に外出中、出先でばったり息子の元生徒に出会ったことになっているようだ。 相手の素性を知るとさっさと息子を追い帰し、クビにされたからには息子が何かやらかしたに違いないからお詫びをさせて欲しいと頼み込んで、無理やり食事へ引っ張っていった――らしい。 母さんなら有り得そうな話で、不覚にも笑ってしまう。 意外なことに朱莉の母親は冷静に話を聞くと、『何かやらかしたなんてとんでもない。親身になってくださるし教え方も上手で、良い先生でしたのよ』――朱莉はこのセリフを一言一句違えずに教えてくれた――と言ったそうだ。 朱莉に対して『ねえ?』と同意を求めるその目に虚偽はないと判断したらしい母さんは、あっさりと『クビになったと思い込んでるのは息子の勘違いだったのかも』と方向転換し、食事中の朱莉との会話が『どうりで噛み合わなかったはず』と笑い飛ばす。 そこから――何故か。 母さんは朱莉の家にあがりこみ、例の極上のコーヒーを淹れられ、すっかり打ち解けて話し込んでいる。 ……なんだ、それ! 『驚いた。母はあまり、家に呼んでお茶を飲んだりするお友達付き合いをしないのに』 階下での様子を思い出したのか、朱莉はまたくすくすと小さな声で笑い、それが俺の耳をくすぐった。
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