2学期・前半

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朱莉が小さな頃には所謂ママ友付き合いが普通にあったが、妹の栞里が病弱に生まれてからは少しずつ付き合いが減り、栞里が亡くなってからは全くなかったのだ、と彼女は言う。 「一体、何話してるんだ?まさかいきなり、その――、核心に触れたりは」 『まさか!それがね、おかしいの。普通の世間話なのよ。主婦のちょっとしたあるあるみたいな……初対面なのに、気心知れた親友同士みたいにどうでもいいようなことで大笑いするの』 庶民の母と金持ちの母でも、主婦あるあるは通用するのか。 と、この場面ではかなりどうでも良いことを、俺はどうしても考えてしまった。 『あんなに楽しそうなお母さん、久しぶりに見た』 感慨のこもったその言い方に、ハッとする。 同時に――本来、朱莉は母親のことを『お母さん』と呼んでいたのだと、俺はこの時初めて知った。 では『お母様』というのは、栞里の言葉遣いか。 「役に……立った、のかな、母さん。良かった」 『役に立ったなんてもんじゃないわ。凄い方ね、センセーのお母様!』 うん、凄い、のかもしれない。 断じてマザコンを認める気はないが。 そして俺の存在感の薄さ。 最早、この船は俺が漕がなくても勝手に前に進むんじゃねえか? 「はは。息子はこんな出来損ないで、悪かったな」 『やぁだッ!』 冗談のつもりでもなく、本音が漏れた自虐だったのに、朱莉は声を立てて笑う。 難攻不落と思われた入口を簡単に突破してしまった母さんをただただ尊敬すると同時、僅かに浮かんだ黒い妬みと虚無感は、その笑い声に吹き飛ばされた。
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