2学期・後半

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『先生。先生に出会えて、先生が私の先生で、私は本当に幸運でした。この出会いに、本当に感謝しています』 その手紙を、俺だけに宛てられたその部分だけを、何度も何度も読み返した。 『先生が私の先生で、私は本当に幸運でした』 先生、と繰り返す朱莉の言葉は、母さんが無神経に面白おかしく言い換えた様な、甘い言葉では決してない。 これが現実だ。 初めから分かっていたこと。 俺は朱莉の教師で、彼女は俺の生徒だ。 もうその繋がりすらなくなって、俺は朱莉が言う『幸運』を歪めるのが怖くて、この先自分から彼女に近づくことすら出来ない。 そして周囲に拠り所が出来た今、彼女が俺を頼ってくることも、きっとないのだろう。 『皆様のますますのご多幸をお祈り申し上げます』 礼儀的で他人行儀なその一文が、まるで別れの言葉を突きつけられたかのように感じさせた。 「――良かった、じゃないか」 声に出して言ってみる。 俺1人ではどうもしてやれなかった。 それを今は、彼女の周りの大人たちが、支えてくれている。 そうだ、良かったじゃないか。 『幸運でした』 『感謝しています』 それで、十分じゃないか。 ――その日静かにドアをノックしてきた親父が、「飲みに行くか」と誘った。 思えば誕生日も過ぎ、親公認で飲酒を許される年になっていたわけだ。 反抗期もここまで遅ければ、そんな対処法がある、らしい。 近所にある赤暖簾がかかった小さな居酒屋で、俺は禁酒の誓いを破って親父と酒を酌み交わした。 親父は、俺がマグを割った件について、一切触れなかった。
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