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階段を上り下りする足音は一切響かなかった。
それがこの家の防音効果の為なのか、この親子の上品な立ち振る舞いの為なのかは判断のしようがない。
リビングのドアノブが回されるカチャリという微かな金属音で、俺はようやく初めての生徒が部屋へ入ってきたことを知った。
「先生、娘の朱莉です」
「初めまして、瀬戸朱莉です。よろしくお願いします」
ソファの横に立った母親がまず連れてきた娘を紹介し、一歩前に押し出された女の子がペコリと頭を下げる。
彼女、瀬戸朱莉(アカリ)の眼を見た瞬間、飲まれそうになった。
そうだ、彼女は【生徒】と言えど高校2年生の女の子で、俺は【教師】と言えどつい先日まで高校生だったただの大学生だ。
『先生』という肩書に浮かれて忘れるところだったが、相手はごく年の近い高校生なのだ。
油断をしたら、威厳もクソも崩壊する。
「――進藤、隼人です。よろしく」
生徒と教師の距離感は、まださっぱり分からない。
それでも『よろしくお願いします』と教師の側から媚びるような敬語を使うのは何か違うような気がして、少しばかり虚勢を張った。
瀬戸朱莉は白ブラウスに赤いチェックのリボンタイとプリーツスカートを纏っていた。
この辺りでは可愛いと人気の私立女子高校の制服だ。
偏差値はどれくらいだったか、知り合いもいないし女子高だからあまり記憶にはないが、俺の出身校とさほど変わらない程度だったか。
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