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憧れは、強くなれば強くなるほどその人を遠くへ追いやった。
俺は夢を叶えるその日まで――せめて教員免許を取得する日までは、その人に会うつもりはなかったのだ。
焦がれ、目標としたその人が、気軽に会いに行ける身近な人であってはならなかった。
そう思っていたのに――、
「……進藤かっ!」
来て、しまった。
「菅井、先生。……お久しぶりです」
この人なら答えをくれるかもしれない、いやきっとくれる。
俺に夢を与えた、この菅井という教師なら、きっと。
正しい方向へ、導いてくれる。
出身中学の職員室にはクーラーもついていなく、開け放たれた窓から吹き込む風も生温い。
その部屋で、水色のポロシャツのボタンを上から4つも開けて、首元の滴る汗を片手のタオルで拭いながら、もう片方の手に持った扇子でパタパタと風を送りながら。
俺を迎えてくれた憧れの人は――、俺の記憶より、少しばかりくたびれたオッサンになっていた。
当たり前か、中学卒業から4年、出会った頃から換算したら7年が経っている。
記憶の中では若々しい『お兄さん』のままの彼も、現実には立派な『オッサン』の仲間入りを果たしている。
夏休みもあと数日というこのタイミングで訪れる登校日が、あの頃は疎ましくて仕方なかった。
だがおかげで、休み期間にも関わらず彼が学校にいる日を簡単に調べることが出来たし、こうして会いに来ることが出来たのだ。
「覚えてるんですね、卒業生の名前」
「当たり前だ。……なんてな、嘘。さすがに全員は無理。お前の代は最初の教え子だから」
そりゃあそうか。
出来ることなら『1人残さず』覚えていると断言して欲しかったけれど、それはさすがに求めすぎだ。
それに、誤魔化さずに正直に話してくれるからこそ、俺はこの人が好きだったのだ。
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