夏休み・後半

19/25
前へ
/151ページ
次へ
それでも、と、自分に言い聞かせる。 職場が認める喫煙所で成人が煙草を吸うのは、別に悪いことなんかではないはずだ。 それでこの人の人格が、俺が尊敬してきたモノが変わるわけではないのだから。 「先生、俺実は、教師を目指してるんだ」 ――あなたに、憧れて。 いつか伝えたかったその言葉は、何故か、喉元で支えて出てこなかった。 それは俺が「夢を叶える時まで」と自分を律してきたからなのか、それとも僅かに感じた失望が邪魔したからなのか、単に面と向かって言うのが気恥ずかしかっただけか――、正確なところは、自分でも分からない。 俺の夢を「そうか」と咀嚼した先生は、真上に広がる青い空を見上げて、何かに思いを馳せるかのようにその目を閉じた。 待つこと数十秒、追想から戻ってきた彼は、ゆっくりとした動作で煙草に火を付ける。 目線が「お前は?」と尋ねてきたきたので、首を横に振って答えた。 「俺、まだギリギリ未成年ですけど」 「そうか!もう二十歳かと思ってたよ」 先生は目を見開き、煙草を持つ手を少し上げて「じゃあ、付き合わせちまって悪かったなぁ」と言う。 二十歳までは1ヶ月を切っているが、誕生日を迎えても煙草を吸う予定は今のところないのだが。 ところが、煙草の話はそれで終わりではなかった。 「今となっては、ソレが俺の夢なんだよ」 煙を長く吐き出しながら、彼は続けた。 「乳臭ぇガキのまんま入学してきた生徒が、まだ青臭ぇまんまどんどん卒業していって――、それでも、最初に送り出した生徒は、俺の知らないところでちゃんとこうして大人になってる」 昇っていく煙を黙って見つめながら、俺は先生の独り語りを聞いていた。 「ちゃんと大人になった元生徒と、一緒に酒を飲んだり煙草をふかしたりさ。大人同士にしか出来ない付き合いが出来るようになるのが、ちょっとした夢なのさ」
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加