夏休み・後半

22/25
前へ
/151ページ
次へ
「進藤、俺程度を目指すなよ」 さっきと同じような台詞を、先生は繰り返した。 二度も言われるということは、俺の憧れに対する拒絶なのか……? じりじりとした不安はしかし、追って放たれた言葉によって救われる。 「俺程度を目指したって、なれるのは俺程度かそれ以下の人間でしかねぇんだよ」 だから、俺を目指すな、と。 『俺をゴールにするな』 『お前は俺を越えて行け』 『自分で答えを、出せ』 言葉にはされなかったその想いは、真っ直ぐに見返してくるその目に込められた気持ちは、聴覚を介さず、直接俺の脳裏に響いた。 背中を、――あの頃と同じように――押された気がした。 「……先生と酒を交わせるくらい大人になったら、また、ここに来ます」 酒で失敗した直後、禁酒の誓いを立てたばかりだけど。 「おい、相談があったんじゃなかったか?」 慌てて引き留めようとする先生を笑って、立ち上がる。 「『適当』な先生には、何を聞いても『適当』な答えしか返ってこないんでしょう」 まあな、と、その人は鼻の頭を掻いて笑った。 真面目で熱血だった爽やか好青年は、そこにはもういなかった。 適当な、冴えないただのオッサンだ。 それでもその人は、やはり俺の憧れの人だった。 結局瀬戸朱莉の話はひとつもしていないし当初の目的とは大分ずれたけど、今日、ここへ足を運んで良かった。 背中にもう一度ライターの音を聞きながら、俺は振り返らずに、北校舎の屋上から立ち去った。
/151ページ

最初のコメントを投稿しよう!

56人が本棚に入れています
本棚に追加