2学期・前半

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足が、勝手に、来た道を戻った。 冷えたコーヒーも、甘いワッフルも、フットサルも気分転換も、一瞬で頭の中から消えた。 自分で理由すら分からないまま、瀬戸朱莉の後を、少し距離を開けて気配を消したまま歩いた。 何、やってんだ俺。 ストーカーか? そんなに気になるなら、声をかければいい。 だが、このところずっと気にかけていた彼女とこう偶然再会して、最初にかけるべき言葉が浮かばなかった。 ましてつい昨日、正式に家庭教師をクビになったばかりである。 別れ方も最悪だった。 言うべきは謝罪か? 俺のせいでお母さんがあんな風になってしまって悪かったと。 余計なことを言ったばかりに家庭教師を続けられなくなって悪かったと? あの時、お前のSOSを見て見ぬふりをしてすまなかったと? それとも糾弾でもするつもりか? 何故妹のフリなんかしてるんだと。 それがお前の母親にとって本当に良いことなのかと。 お前にとって、それは本当に幸せなことなのかとでも。 違う、そうじゃない。 ただ俺は、彼女を助けたかった。 どこか歪んだあの家庭から助け出して、本来あるべき彼女自身を取り戻してほしかった。 ただ、笑ってほしかった。 根本的な問題を解決してやれる力が俺にはない――その無力感が、かけるべき言葉を殺した。 無責任な言葉を、中途半端な手を、差し伸べるべきではない、と。 身体はそんな理性に反した本能に従って、黙々と彼女の跡をつけた。
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