2学期・前半

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「――ッ!」 驚きか、怯えか。 どちらともつかない表情で一瞬身を強張らせた瀬戸朱莉は、突然腕を掴んできたのが俺だと気付くと、その力を少しだけ緩め息を吐き出した。 「……セン、セイ」 と、躊躇いがちに彼女が俺を呼んだ時。 何かが、弾けた。 「もう先生とか呼ぶな」 自分でも予想も出来なかった冷たい声が出て、ヤバい、と冷や汗が伝う。 だけど。 俺はもう、お前の『先生』じゃないから。 多分この先は、教師の枷を外さなければ踏み込めない領域だから。 彼女の口から「センセイ」という言葉を聞くのは、もう嫌だった。 「来いよ」 どこへ。 そんな声にならない声が、聞こえた気がした。 その質問に対する回答を、俺だって持ち合わせない。 だけど、このまま帰したくなかった。 そうしてはいけない、と思った。 有無を言わさず小さな手から日傘をもぎ取って乱暴にたたみ、その間もどこへともなくずんずんと彼女の自宅から遠ざかる俺に、朱莉はほんの少しの逡巡を見せた後に黙って着いて歩き出した。 「センセイ」 「だから」 もうその呼び方は、と言いかけた俺を、彼女の言葉が遮る。 「これって、ナンパ?」 ――家庭教師でもなんでもなくなった一介の大学生が、女子高生に声をかけ有無を言わさず連れ去ったら――? 「……誘拐、かも?」 笑い声は上がらなかった。 それでも彼女は、楽しそうに目を細めて笑った。
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