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「……昼飯、食いにいこうかと」
サークルのことを伏せてそう言ったが、朱莉の視線は俺の着替えがつまったスポーツバッグに注がれていた。
「……何」
「別に。奢ってくれる?」
朱莉は俺の小さな嘘を見逃してくれた。
「……いいけど」
ついでに言えば、1人でワッフルを食べようとしていたという不名誉な事実もばれずに済んだ。
ホッとしている自分に、ふと我に返って『この子相手に見栄張ってカッコつけてどうすんだ』、と心中で1人ツッコミを入れてしまう。
「その代わり、話せよ」
と、思考を無理やり会話に引き戻す。
「……何を?」
「全部」
彼女は無言で俺の目を見つめた後、顔を伏せた。
俯いたのか頷いたのか、判断は難しいが、ここは都合よく後者と取らせてもらおう。
「お前、何食べたい?」
話を変えるように尋ねると、少しばかり小首を傾げて顔を上げる。
「何でもいいの?」
と、窺うような上目が、眼鏡のフレームの上から覗いた。
「何でもって……、フランス料理のフルコースとかじゃなければ。何しろ俺、今無職だし」
親指と人差し指で丸を作った片手をひらひらと冗談めかして振ると、彼女は少しだけ破顔した。
言葉には出さなかったが、俺をクビにした件で、気まずく思う節があったのかもしれない。
冗談に出来て、それで彼女の気が少しは軽くなるなら良かった。
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