2学期・前半

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「ハンバーガー。いいね」 自然と手が伸びて、朱莉の頭をくしゃりと撫でる。 ちょっと、と小さく文句を言いながら、彼女はその手を払いのけなかった。 『お金持ちの一人娘』の演技をしていない時の彼女の表情はコロコロと変わる。 こうしていつも自然にしていればいいのに。 そう出来る様にしてやりたい。 この方がずっと魅力的なのに。 ――え? あ、いや。 別に、俺は。 ……って、誰に言い訳してんだ俺は。 彼女は可愛いよ、普通にこうして笑って話していたら魅力のある女の子だ。 この方がずっと自然で楽しそうだし、これが彼女自身だ。 変な闇に囚われない、本来の彼女の姿。 だからこっちの方がいい、戻してやりたい。 そう思うのは別に特別なことじゃない。 ごく自然な思考回路だ。 ハンバーガーなら駅前のあの店か、と、少しばかり億劫だが再度駅方面へと方向転換しかけた俺のTシャツの裾を、くんっと朱莉が引っ張った。 「ごめん、ちょっと遠いけどあっちがいい」 駅と真逆を指した後、彼女は少しだけ目を伏せた。 「駅前だと誰かが」――ごく小さな声が聞こえた気がした。 気のせいだったかもしれない、心の声だったのかも。 ハンバーガーを食べると言う極めて普通の行為すら、演者である彼女は、人目を気にしないといけない。 ほらこんなだから、やっぱり、放っておけない。 戻してやらなきゃ、――俺が。
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