2学期・前半

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さすがに深刻さを感じ取ったのだろう母さんが、込み入った話の前に、とテーブルの上を片付け、代わりにコーヒーをいれるため席を離れた。 その間ずっと下を向いて黙っていた朱莉は、これから話す内容を頭の中で組み立てていたのか、それとも何かしらの覚悟をしていたのか。 俺はかける言葉も見つけられないまま、電子ケトルが湯を沸かす音や母さんが準備する食器が鳴らす音にただ漠然と耳を傾けていた。 息の詰まる沈黙は5分、程度だっただろうか。 どん、と勢いよくテーブルに置かれた盆を見て、朱莉は気がほぐれたかのように少し笑った。 何ゆえこのチョイスだ、と一瞬目を剥いた、母さんが持ってきたコーヒーの器は、輪郭の無い点と線だけのギャグみたいな顔が描かれた巨大なマグ。 それに、砂糖の瓶とパックのままの牛乳が添えられていた。 「好きな顔選んでいいよ」 と母さんが言ったのは、マグの絵柄の話だ。 オーソドックスなスマイルが描かれた『HAPPY!』、ほっぺに赤丸のついたウィンク『SMILE!』、いーっと歯をむき出しの悪そうな笑い『ENJOY!』。 一応本来は『ENJOY!』が俺のということになっている(らしい)。 珍しく空気を読んだのかと思ったのに、何故こう締まらない普段使いのマグを持ってきたのか、母の神経を少しばかり疑う。 そう高価なものでも洒落たものでもないが、それでも一応客用のコーヒーセットが我が家にもあるというのに。 だけど朱莉はそんなことは気にしていないのか、慎重に3つの絵柄と文字を見比べている。 少し考えてから、彼女は俺が最も「これだけはないだろう」と思っていたマグへ手を伸ばした。
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