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音楽は、叙情的に気分をあやなしてくれる。取捨選択された音楽は自慰に満ち満ち、時に人を殺すこともあるが、アスファルトのうえで奏でられる足音は、青年にトって精神安定剤のようなものだった。気が触れた脈拍はなだらかに。山なりの胸は安らかに。踵はダンスフロアでリズムを取るように軽やかに歩を進ませる。ステージを照らすようなコインランドリーの大仰な光は、外に居る青年の影を引き伸ばし、瞳孔もすぼませる。青年は、苦虫を噛み潰したかのような顔をぶら下げて、自動ドアを通り、コインランドリーの中へ入っていく。
青年は咄嗟に手を耳に伸ばした。整然と壁に接して並べられているドラム式の洗濯機の中で、一際大きな音を発している一台があった。ガタン、ガタン、と何か打ち付けているような嫌な音で、眉間にできた不快の色が濃くなっていく。
中央に置かれた黒い長椅子に、一人の男が背中を丸めて腰掛けている。他に稼動している洗濯機がないことから、この男の手によって音が生み出されていることは明白だった。
男は、黒い三本のボーダーが走った白い靴を履き、上下揃った紺色のジャージを着ている。正確な恰幅はわからないが、腹は出ていない。露出の少ない身体に、仕上げとばかりに被られた黒い帽子が、看取を拒む。その一方で、青年は怪訝に満ちた顔を晒していた。
青年は、忌避を思い、男から離れた端の洗濯機を使う。目一杯息を吹き込まれた風船の如く膨らむビニール袋から、洋服を取り出して洗濯機の口へと突っ込んでいく。横目で男の顔を盗み見ようとするが、帽子の鍔で隠れてしまっている。
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