コインランドリー

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 知覚が捉える足音や物音に変化は見られない。しかし、確実に、胸の奥で鬱蒼とした何かがその身を擦りあわせて音を鳴らしている。ざわざわと。  踵が地面に着く前に足を上げる。耳が鋭意に音を拾い、目がそれを追いかける。  一連の作業を繰り返していると、瞳が左の縁に寄って止まり、足も止まった。視線を辿れば、「オアシス」という名ばかりの古ぼけた二階建てのアパートが建っていた。  青年が住まうのは道路から離れた一階の奥の部屋。  疑心暗鬼に陥っていた青年は、道路からアパートを覗き込む。土塊の転がる廊下を、相槌をうつように明滅を繰り返す蛍光灯が照らしている。  不安の旗を降ろすことなく一歩踏み出そうとしたならば、ゆくりなく旗は、はためき始める。  歩道の信号が間欠的に明滅を繰り返し一つの影を浮かび上がらせるように、廊下の蛍光灯もまた、一つの影を浮かび上がらせていた。  青年はまるで、凄惨なスナッフビデオを見せられたかのように体をのけ反らせる。  見てはいけない。と、自制をかけようとしても、人間には情念というものが存在し、その中でもやっかいなのが、“好奇心”だ。  青年は好奇心を貪るが如く、さながら、指の間から目を覗かせるかのように、影に目を晒した。
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