10人が本棚に入れています
本棚に追加
「アオ」
レイスもアオに呼び掛けると、アオは指示されるまでもなく前進した。
複数の足音が障害物のない草原に響き、一歩、また一歩と前進して行く。目指す先とは真逆の凄惨な光景は、どんどんと遠ざかり、やがて見えなくなるまでそう時間は掛からなかった。
あの場所に色んなものを置き去りにして、目指す先に何があるというのか。
レイスはただ考え込み、
ラスはただ黙ったまま、
着実にその歩は進んで行く。
草原を撫でる風の様に、移ろい行く者として、自分もまた場所と人を置き去りに次の目的地へと。
ただ空虚なその感覚に、レイスはぼんやりと前方の背中を追うだけ。
全て失った喪失感。
何の為に生きるのか。
自分を乗せて心地良い揺れを齎しながら進んで行くアオを見て、レイスは首を否定の形に振った。
まだ、死ねない。
この子が死ぬ時までは、生きなきゃ
他者の生を拠り所にする生意は、なんと危ういのか。
景色は広がる草原から、樹々が大地に根を伸ばし岩が点在する荒れ野へと変わっている。サワサワと優しく小さな語り部も、此処ではザワザワと少し五月蠅い葉擦れの音。
少し離れただけで、こんなにも違うの…
レイスは先程まで居た筈の村を遠く想う。
想っては進み、
憶っては先に。
「お嬢さん、一つ聞きたいんだが」
それを繰り返し、中天にあった太陽も大地を赤く染める間際の事。
鼻唄や口笛を呑気に吹いていたラスが唐突に口を開いた。
「何ですか」
「昼にも聞いたがな、
その負んぶに抱っこの坊やは何だい?」
そう言って首を仰向けて横目だけで振り返るラスの視線の先には、レイスが飽きもせずずっと抱いているヌケガラがある。
鮮血も時が経てば端から凝り、淀み、乾く。まだまだ赤が多いが、その内淀んだ暗い茶に呑み込まれるのだろう。
「……弟、です」
言葉尻は苦しそうに吐き出され、目尻には涙が滲む。
泣くものか。
この男に弱味を見せるものか。
「へぇ~、そうかい。
そりゃ御愁傷様」
一瞬悼むような視線を感じたのは気のせいだったのだろうか。
ラスの瞳が僅かに眇められて、眉根に寄った皺の意味が、レイスにはまだ理解できなかった。
最初のコメントを投稿しよう!