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食事にも細心の注意を払った。賞味期限は大丈夫か? 野菜はどの農家がどの様に栽培したのだ? この肉は国産の安全なものか? そんな俺に、里美は辟易したが、尚も注意を払いながら暮らした。
会社からは真っ直ぐに帰って来て、一切外出はしなかった。
そんな生活を3ヵ月間続けたが、俺の不安とは裏腹に、身には災いはおろか、病気すら振りかかっては来なかった。
結婚式の日取りも決まり、注文住宅の話も進んでいる。新婚旅行の場所もイタリアに決まった。
大金を手にした俺の人生は激変し、幸せ街道まっしぐらというところだ。何の不満も無い。通帳には8の次に0が8桁並んでいる。
幸せのお裾分けとして、親の居ない子供を支援する慈善団体に3億円寄付した。親や親戚にも、それぞれ合計で1億万円以上を与えた。俺は人生を謳歌していたのだ
だが、気掛かりが無い訳でも無い。
相変わらず最大限注意を払って日々を送っていたのだが、気になることがあるのだ。
――黒いスーツの男だ。
常に周囲に気を配っていると、今まで気にもならなかったことが気になり出したりするものだ。黒いスーツの男は、毎日数度は必ず見掛ける。特に俺を観察している訳ではないだろうが、毎日黒のスーツに身を包む男が目に付いて仕方が無い。その男と視線がぶつかったことも有るのだが、取り分け俺を意識している素振りは見せないのだ。むしろ意識しているのは俺自身だった。
里美に打ち明けようとも思ったが、いらぬ心配を掛けるだけだと思い留まった。
幸福と不幸は表裏一体だ。
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