プロローグ

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プロローグ

 ~以下の事項を必ずお守りください。 其の一:町の住人は町内会には必ず入会すること。 其の二:回覧板は必ず決められた期日内に次の家庭へ手渡しで回す事。 其の三:回覧板の内容には必ず目を通す事。 其の四:町内会の行事には必ず参加する事。 其の五:町内会の決定事項には従う事。 町内会長 矢場 伊間知  娘の愛歌が小さな身体を左右に揺らしながら泣いていた。その傍らには妻だった結華の姿。  妻はまだ小さな娘が泣いていると言うのにただ黙って静観を保っている。でもそれは当たり前の事なのかもしれない。    私の涙は枯れていた。身動きひとつ取れない。それでも未だ愛歌だけは助かって欲しいという願いはあった。 「ママぁ、ママぁ」  愛歌が一生懸命妻だったそれの膝を揺すっている。首から上が無くなっていても自分のママだと判るのだ。 「もう、やめてくれぇ――お願いだから」  私はむせび泣くように懇願した。だが連中は相変わらず不気味な笑顔を崩さず私を見下ろしている。屈強な男に両腕を固定されたまま地面に押し付けられ、動かせるのは顔だけだ。腕が痛い。背中も痛い。だがそんなのは家族を失うことに比べれば大した事ではないのに――。 「だから言ったのですよ。本当に良いのですかと?」  その笑みを止めろ! と心の中で怒鳴った。丸顔の男が終始崩さないその頬の緩みが気に入らなかった。しかし口から出るのは願い。ただ娘を助けたい願い。 「お願いだ。愛歌は助けてやってくれ。娘はまだ五歳なんだ……だから――」  何かが切り裂かれる音が鼓膜を揺らした。娘の鳴き声も言葉も途切れた。 「残念です。私たちは貴方たちの事を本当の家族と思っていたのに」 「うわぁああぁああぁああ!」  喉が潰れるぐらいに絶叫した。脳裏には最後に家族で過ごした日々が駆け巡った。 「うるさいんだよ!」  太い声が頭を響かせたが構わず声を上げ続けた。が、直後口の中に何かが押し込まれた。口内に広がる鉄の味、鼻を刺激する生臭さ。 「どうだい天然のソーセージは? 取り出したばっかりの最上級品だぜ」 「んぐぉ! んぐぉ!」  男は喉の奥にどんどんとソレを押し込んでいった。視界に赤黒いソレが見えたとき私の喉に押し込まれているのが腸だと知った。 「五年ものは最高だろ?」  私の顔に近づいた顔は醜悪そのものだった。臭い息が鼻腔を突いた。私の眼底からは多量の水がいつまでも溢れてきた。 「やめなさい。彼だって私たちの家族だった男だよ」 「だからですよ。最後に愛娘の味をたっぷり味あわせてあげたんです」 「……成程。それは理にかなってますね」  最早彼らが何を言っているのかなんて理解しようがなかった。ただ哀しみだけが私の心を支配した。 「さてと――」  一言呟き、丸顔の男が私の顳かみに冷たい何かを当てた。それが何かを知ったとき私は死を覚悟した。 「大丈夫ですよ。貴方たち家族はどんな状態になっても私たちが有効に利用してあげますから。だって家族ですからね。例え死んだって皆の心に残り血と肉になり生き続けるのです」  ふと私を押さえつけていた両腕が解かれた。だけど逃げようとは思わなかった。無駄だと判っていたからだ。  一体どうしてこんな事になってしまったのか。やはりもっと妻の言うことを聞いていれば良かった。でも今更後悔しても遅い。ただ一つ言えるのは――。  轟音が私の耳を貫いた。目の前が真っ暗になった。もう何も――考えられ……。
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