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第一話
大友一家が都心から少し外れたこの地に引越しを決めたのは今年の一月に入ってからだ。
交通の便は多少悪くなるが、小学生の息子と中学生の娘の為には、都会の喧騒よりも静かな住宅街の方が向いてると思ったのだ。
引越しを決めた先は、いわゆる新興住宅地という奴で、かつては未開拓であった農地や山林を宅造(宅地造成)し開発された町だった。
「宜しければご一緒に、お荷物のご確認をお願いして宜しいでしょうか?」
青のTシャツと白いオーバーオールの男性が声を掛けて来た。今日頼んだ引越しの業者である。作業員は四人来ていたが、三十代前半ぐらいの彼がリーダーらしく他の三名に色々と支持を出していた。
引越し屋というと厳しいイメージがあったのだが、随分と物腰の柔らかい感じで見た目もいかつい感じでは無い。だがこの中では一番動きに無駄が無く、てきぱきと作業をこなしていた。この辺が熟練者とそうでない人との違いなのだろう。
判りましたと言って大友 幸子は運び込まれた荷物を確認していく。マンションから一軒家への引越しだが新たに必要な物はあらかじめ買い揃えてあった為、ある程度書棚や箪笥等は配置済みである。
業者の人と二階から回り、その後一階の荷物を確認していく。
「お母さん私この部屋が良い!」
「あ! お姉ちゃんずるいよ!」
幸子が荷物の確認をしていると、二階から子供たちの声が響いて来た。
折角の新居だというのに、はしゃぐ子供たちの足音がどたばたと煩い。
「もう少し静かにしなさい。壁とか傷を付けないように気をつけてよねぇ」
はーいと返事は帰ってきたが、天井からの音は続いている。
全くしょうがないわねと幸子は吐息をついた。
「はは。可愛らしいお子さん達ですね」
引越し屋のお兄さんが笑顔を浮かべた。よく見ると中々整った顔立ちをしている。
「元気だけが取り柄で。全く誰に似たのか」
幸子も合わせるように口元を緩ませた。引越し業者の会社名が印刷されたダンボールの数と中身を確認し、壁や床の傷も確かめた。とはいえしっかりと養生していたので、あまり心配はしていない。
「バッチリですね。本当に助かりました。ありがとうございます」
幸子は深めにお辞儀し礼を述べた。リーダーの方は頭に左手を添え、いやいや仕事ですからと右手を振る。
「これ、少ないですけど――」
幸子は用意しておいた封筒を、彼に差し出した。最初は断ってたが気持ちですからと伝えると、そうですか。では――と言って受け取った。
幸子が最後に完了のサインをすると、彼は、また何かありましたらどうぞ宜しくお願い致します、と言ってボックスティッシュを何箱か置いて帰って行った。それにもしっかり会社名と電話番号が刻まれてる辺りしっかりしている。
「お母さんお腹すいたぁ~」
息子の耕平が姉の菜々子と一緒に降りてきて、そんな事を言った。どれだけお腹が減ったのかをアピールするように床に屈みこむ。
先程まであんなに元気に二階ではしゃいでたのにと、幸子は吐息を付きながら腕時計を見た。時刻は十七時を回っている。
「う~ん。お父さんには悪いけど食べに行こっか?」
「うん!」
耕平が満面の笑みで答えた。
「てか、お父さん結局仕事から戻らなかったね」
奈々美がぼやく。お父さんと一緒にいたいというわけでは無く、その分引越しの手間が増えたのが気に食わないと言った表情だ。
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