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第三話
「ところで皆さんこれからお出かけ?」
成海が聞いてきた。家族三人で出て来たところだったのでそう思ったのだろう。
「えぇ。これからちょっと夕食を食べに行こうと……と言ってもまだこの辺りは詳しくないからぶらぶらしながら探そうかなって」
「あら。だったら――」
「いやあ。皆さんお揃いで」
鳴海が何かを言いかけた所に別の声が割って入った。幸子の後ろ側からだった。振り返ると恰幅のいい男性がにこにこと笑顔を浮かべながら近付いて来た。赤地のポロシャツに白のズボンを履いている。
「どうも初めまして。確か大友さんですよね? 今日からこちらに越してきた」
幸子は一瞬眉根を寄せた。何故そんな事を知っているのか疑問に思ったからだ。
「幸子さん。こちら町内会長の矢場 伊間知【ヤバ イマチ】さん」
鳴海がそっと幸子の耳元で囁いた。それを聞き幸子は瞬時に表情を繕い。
「あ、そうでしたか。すみませんご挨拶が遅れて。大友 幸子と申します」
頭を下げ、どうぞ宜しくお願いしますと言葉を続けた。
「いやいやそんな硬い挨拶は不要ですよ。私も先程引越しの作業中なのを見て、落ち着いた所を見計らってきたので」
笑顔を全く崩さずに町内会長は言った。若干たるんだほっぺたのせいか恵比寿さんを思い浮かばせる。
「ところで皆さん、今日はこれから予定は?」
薄くなり始めている頭頂部に手を添えながら、矢場 伊間知は聞いてきた。急な設問にえ? と幸子も目を丸くさせる。
「大友さん。丁度みんなで食事に出ようとしていたみたいで、それで今伝えようと思ったところだったんですよ」
鳴海が微笑みを浮かべ幸子を他所に答える。そういえば先程何かを話そうとしていたなと幸子は思い返した。
「それは丁度良かった。安田さんにはあらかじめ伝えておいたんですが丁度これから我が家でバーベキューを行うところだったんですよ」
「はぁ……」
幸子は思わずそんな声を漏らした。
「実は大友さん一家で今回越してこられる方は全員揃いましたのでね。まぁ歓迎会ってとこです。どうですか? 良ければ?」
町内会長の申し出に幸子は一瞬戸惑うが、
「行きましょうよ。うちも息子を連れていきますし、夕食もまだなら丁度いいじゃない」
と鳴海が言い、更に、
「私達だけじゃちょっと心細かったのよ。だから、ね? お願い」
と耳打ちしてきた。
そこまで言われて断るわけにもいかないかなと幸子は思った。それに近隣とは出来るだけ良い付き合いをしていきたいし、町内会長の誘いを無碍に断るのも失礼かと心を決める、
「それじゃあ折角だしお呼ばれしちゃおっか?」
一応息子と娘にも確認を取った。菜々子は、まぁ別にいいけど、と気のない返事だったが、耕平はバーベキューの響きにテンションが上がっているのか、行く行く! とかなり乗り気だ。
「それでは私は、自宅の方で準備してますので。確か安田さんは知ってましたな?」
「はい。一度ご挨拶にお伺いしましたから」
「そうですか。それでは大友さん達の事は宜しくお願いしますね」
そう言い残し、矢場 位間知は踵を返した。
「それじゃあちょっと息子を呼んできますね」
町内会長を見送り、鳴海は家に戻った。
「亮太ー、お夕食食べに行くわよお。準備して降りてらっしゃい」
割と大きな声がドアの向こうから響いてきた。亮太と言うのが耕平と同級生となる息子の名前だろう。仲良くなれれば良いのだけど、と泰子は思いを巡らした。
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