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第五話
幸子は会長の言葉に何か引っかかるものを感じたが、それが何故かは判らなかった。
「皆さん。大友さんと安田さんの御一家が到着しましたよ」
矢場 位間知が全員に聞こえるよう声を上げた。するとほぼ全員が一斉に幸子達の方を向き、好奇の目を向けてくる。
「こんばんわ。ようこそいらっしゃいました」
一瞬の沈黙の中、柔らかい笑顔を浮かべ、一人の女性が町内会長の隣についた。白いレースのトップスに裾の広がった黒いフレアスカートという出立ちで上品な様が滲み出ている。
「家内の美鈴です」
会長が徐に彼女の肩に手を置き、幸子達に紹介した。口元が緩みきっていていかにも自慢の妻という雰囲気を醸し出していた。
しかし、二人並んだ姿に美女と野獣という言葉が幸子の脳裏をよぎった。勿論口には出さなかったが、会長の妻である美鈴はそれぐらい美しい。
「今日は新しく越してこられた皆様の為、色々ご用意させて頂きました。楽しんでいって下さいね」
美鈴の言葉に幸子はちらっと視線を巡らせた。木製のガーデンテーブルの上に食器が置かれ、盛り付けられるのを今か今かと待ちわびているように思えた。
「あそこで準備してるバーベキュー以外にも、家内が腕を奮って料理を用意してますので」
肝心のバーベキューは庭のど真ん中で準備が進められているようだった。ここにくるまで幸子はキャンプなどで行うような程度の物を考えていたのだが、設置された土台は煉瓦のような物で積み上げられた豪快な物で、あまりの予想とのギャップに少々たじろいでしまう。
しかしそんな幸子の思いも露知らずか、会長は妻をみやり、ちなみに――と述べ。
「こいつはこの料理の腕で私を胃袋ごと落としたんですよ」
そう聞きもしないのにのろけだし、豪快に笑った。
「貴方恥ずかしいわよ」
「うん? 別にいいじゃないか」
恐らく美鈴の言う恥ずかしいとは、照れからくるものでは無いと思うが、夫の矢場 位間知は気付いて無さそうだ。
「ところで私達以外に越してこられたという方はどちらに?」
隣の鳴海が何げに聞いた。そう言われてみると、自分たち以外にも後ふた組みは同じように呼ばれているはずである。
「おお、そうでしたな。ほらあちらに座られているのが、坂下さん夫婦と、森脇 久美子さんです」
会長は顔を巡らせ、庭園の中側の席を示した。私達と同じように越して来たと言うふた組みが同じテーブルを囲っている。
会長が片方を坂下夫婦と言いながら、森脇をフルネームで呼んだのは、森脇 久美子という女性が他に誰も連れて来ていないからなのかもしれない。
「森脇さんは本日皆出払っいる様で、たった一人でいらっしゃたのです。まぁ折角なので坂下さん夫婦とご一緒の席について貰いました」
幸子はその言い方に少し刺を感じた。しかし話の流れだと森脇 久美子と坂下夫婦は当然初対面であろう。
それならば一緒の席にした所で気まずいだけでは無いだろうか、と幸子は思った。
「坂下さん、森脇さん、こちらが――」
と言って矢場 位間知は幸子と鳴海の家族を彼等に紹介した。
町内会長から紹介を受け、向こうのふた組みが軽く会釈してきた。幸子と鳴海も合わせるように会釈を返す。が、席が少し離れていたせいもあってか、正直どう接して良いかが判らなく、相手方も若干戸惑っているようであった。
「会長もうすぐ肉が焼けますよ」
矢場 位間知の後ろから筋肉質の男が近付いてきて言った。
「あら。それではそろそろお料理をお出ししますね」
「あぁ頼むよ」
それではどうぞごゆっくり――と言って美鈴が奥に引っ込んだ。
「みなさんもどうぞお座りください」
会長の勧めで漸く席に付けると幸子は思った。実はタイミングを窺いかねていたのだ。
大友家と安田家はテーブルを挟む形で向かい合った。
「お母さん、お腹減ったよ」
耕平が言った。思った事をそのまま口にしてしまう辺りまだまだ子供だなと思う。
「ちょっと耕平! 恥ずかしいじゃない!」
姉の菜々子が顔を顰めた。幸子も少し顔を赤らめる。
「いやいや坊主ぐらいの時はそれぐらい素直の方が良い。これから上手い肉持ってきてやるからな」
筋肉質の男が、がははと笑った。見た目は怖そうだがおおらかな人なのかもしれない。
「おっと、そういえば自己紹介がまだでしたな。私は郷田 金蔵【ゴウダ キンゾウ】と言います。以後よろしく」
と言って金蔵が右手を差し出してきた。握手を求めてるのだろう。幸子が軽く触れると、かなり強い力で握り返し腕を降ってきた。腕が千切れるかと思った。
「彼はこの町内の力仕事担当なんですよ」
会長が補足した。金蔵はまた、がははと笑い力こぶを見せつけた。
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