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第七話
「さぁこれで儀式は終了ですね。では後は皆さんどうぞ楽しんでいって下さい。妻も気合を入れて料理を振舞いますので」
矢場会長の言葉を皮切りに料理が次々と運ばれてきた。会長の言うとおり料理は全て手が込んでいた。
テーブルに料理が並んだ後は、其々のグラスにお酒が注がれた。幸子は美鈴の勧めでワインを用意してもらった。銘柄に詳しくは無いが何となく高級そうな感じがした。子供たちは其々ジュースを注いでもらい会長の手短な挨拶と共に乾杯が行われた。
最初は少し不安だったが料理はとても美味しかった。バーベキューに使われているお肉もこれまで食べた事のないような素晴らしい物だった。会長の話では町内で肉屋を営んでる主人から特別に頂いた物だという。
矢場 井間知邸の庭は何時の間にかちょっとしたパーティ会場と化していた。集まった人達は話してみると皆接しやすく、何時の間にか坂下夫妻とも安田一家を交えて楽しく談笑していた。子供たちも他の子達を交えて楽しそうにしている。
唯一幸子が気になるのは森脇 久美子の事だった。やはりどこか馴染めないのか暗い雰囲気のまま席を離れようともしなかった。気になって声を掛けてみたりもしたが二、三言話しただけで会話が途切れてしまった程だ。
とは言え概ねこの歓迎会は楽しむ事が出来た。幸子はきっと上手くやっていけるとどこか確信めいた気持ちになっていた――。
大友 幸子が起こされたのは午前5:00丁度を時計の針が指し示した頃であった。
彼女を起こしたのは家族の声や目覚まし時計の音等ではない。
突如表から昔聞いたラジオ体操で聞いたBGMのようなものが流れてきたのだ。
「町内会の皆様おはようございます。本日は月曜日。お仕事の方もそうでない方も良い一日でありますように――」
BGMと共に聞こえてきたのは昨日歓迎会を開いてくれた町内会長の物であった。
幸子は瞼を軽くこすりながら横に寝ている夫の方をみやる。この状況にも関わらず全く動じず寝息を立てていた。この鈍感さは羨ましくもある。
幸子は寝巻き姿のまま、サンダルを履き外に出た。音の発信源が知りたかった。
「さて皆様もご存知とは思いますが、我が町内会に新しい家族が増えました。この度町に越されてきた大友 幸子さん、大友 耕平君――」
アナウンスはご丁寧に越して来た全家族分の名前を上げていった。確かに昨日入会書に家族構成も記入はしたが、このような形で公表されるとは思ってもおらず思わず顔を顰めてしまう。
「幸子さんおはよう」
昨日の件ですっかり幸子と打ち解けた鳴海が声を掛けてきた。やはりこの放送に驚いたのであろう。幸子と同じように表情からは怪訝の色が伺えた。
「これってあそこのスピーカーから流れてきてるみたいね」
鳴海が指を指した方向を眺めると、電柱の脇に白いスピーカーが設けられていた。昨日は幸子も気付かなかった物だ。
「まいったわよねぇ。こんな風に晒し者みたいになるなんて思ってなかったし」
鳴海の言葉に幸子も同感だと思った。普通町内会などでここまでするだろうか? とも疑問に思った。
同じことを思ったのは、他の越して来た家族も一緒のようであった。坂下夫妻は二人揃って、外に出てスピーカーを指差している。但し森脇 久美子の姿は無い。
「さて、本日は燃えるゴミの日です。出される方は午前7時30分までに必ず出すようにして下さい。ゴミの分別も間違いの無いよう、町内会の皆さんで確認しあいましょう。規則を守れない事は人として恥ずべき事です。町内の皆様が快適に過ごせるよう全員が協力し合って良い街作りに励みましょう」
大友 幸子は電柱に取り付けられたスピーカーを見上げた。その無機質な機械から発せられた言葉に、何故か言いようの無い不安を覚えた。心の中で幸子は自分に問いかける。それは昨日思った事とは全く逆の事だ。
はたして私はこの町で上手くやっていく事が出来るのだろうか? と――。
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