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付き合う前、広志を冷たい人だと思った。
広志がパン屋でバイトする前、同じコンビニでアルバイトをしていた。
いつも店長がいない休憩中、お店の裏でテレビを見ていた。
大体8時過ぎになると一度客がいなくなる。
その時には私と広志を含むバイト3人でテレビを見る。
テレビには動物番組が流れていた。本来なら見れない番組を見ると、他の番組よりも面白く思えた。
そこではジャングルにいる猿の親子の生活がドキュメンタリーで描かれている。
猿の母親は茶色く濁った川の近くで餌を探しているのか水を飲んでいるのかしていた。
すると次の瞬間ワニが川から出てきてその猿を捕食した。
水飛沫を上げながら抵抗らしい抵抗も出来ず母猿は川に消えた。
「かわいそう。」
そう声が漏れた私に広志は異論を唱えた。
「ワニだって餌食べないと死んじゃうんだし。ワニにも子供がいるんだから。なんでもかんでもかわいそうがるなよ。」
この人冷たい人だなぁ、と思うよりずっと強く、怒りがこみ上げた。
もう話したくない。血の気が引くようにサッと白けた。
その沈黙は誰もいない店内に客が入ってくるまで続いた。
それ以降もその言葉を怒りと共に思い出す時があった。
でも気付いたことがある。
猿が蟹を食べてもかわいそうではないのに、ワニが猿を食べるとかわいそう?
なにものにでも平等に接する広志らしい、と今になって分かる。
あの言葉にイラっとした自分は偏った優しさを他人に向けている。
あの映像への感想の持ち方がお互いの優しさの向け方と同じになっていた。
今のそっけない広志ももしかしたら出会った頃の広志そのままなのかもしれない。
そんな儚い希望を持つ。
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