真夏のオピウム

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 八十歳のリリーは母さんに編んでもらった色の褪せたボロボロの赤いセーターを着て、王子様のために正装をしている。暖炉は冷えていた。食卓には二人分の食器と、二欠けのパンだけが置いてある。リリーはよろよろと立ち上がると、食卓につき、短く祈りを捧げてからパンを口に運んだ。リリーは誰かのお姫様にならなきゃいけないから、まだ生きていなきゃいけなかった。  緑が青々と繁る季節だというのに、雪はまだまだ降り積もる。リリーはその風景を見ながら『これはオピウムだ』と自分に言い聞かせる。  これは幻覚だ。母さんが死んだことも、赤いセーターがボロボロなのも、自分が未婚なままであることも。なにもかも幻覚なのだ。  オピウムは真夏に降る。死に化粧を施すかのように街を白に染め上げる。吸い込んだら夢の世界。目を開けたまま夢を見るの、ララランラン。そうやって狂い出せば、王子様に逢えるかも。  リリーは微笑みながら窓の外を眺めている。リリーは乙女のままだった。ずっとずっと乙女だった。
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