捨て猫、一匹

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「とにかく、早よ拭いて。お風呂、沸かしてあげようか?」 おばさんがそう慌てるから 「大丈夫です」首を左右に振るあたしは、静かに顔を上げた。 そのとき。 ぎぃっと音を立てて、背後で玄関の戸がもう一度ひらく。 反射的に振り返るとそこにいた人物は、目が合って、露骨に顔をしかめた。 「……汚~い。何それ」 苦く眉をよせたまま吐きだされた、嫌味な言葉。 びしょ濡れのあたしを蔑む彼女が草履を脱ぎ捨てて家へ上がる。 玄関に立ちつくすあたし。 その脇をすり抜ける彼女は、さも鬱陶しいというように冷たい視線を投げかけた。 「こらっ、優!真白ちゃんに何てこと言うてはるの」 かすかに眉を吊り上げて廊下を歩む彼女を追うおばさんに。 「だあって」特に悪びれた様子もなく、彼女は唇を尖らせた。 「あたし、最初からあの子がここに住むの、反対だって言ってた。“あの女”の娘と同じ空気なんて吸いたくな~い」 ―――“あの女”。 その言葉に反応したのは、手拭の中のあたし。 何もかもを知っているような彼女の口ぶりに。 “どうせ誰かの噂を聞きかじった程度のくせに”。 そう心の中で静かに反論を試みて あたしは途中でそれを諦める。 ・・・・噂でも、なんでも 彼女が知っていることは、きっとすべて、事実だから。 「えっと・・・・・真白ちゃん。堪忍な、優があないなこと。ほとんど逢ってなかったとはいえ、真白ちゃんと同い年のいとこなのに」 あたしの顔色をうかがいながら眉をよせるおじさんに、うつむいたままブンブンと首を左右に振って見せる。 真「・・・・・いいんです。言われても仕方ありません」 「っ、でも!」 真「あたしがお邪魔しちゃってるのは、事実ですから。ご迷惑かけちゃってごめんなさい」 そう頭を下げてから、あたしは顔を上げてにっこりと笑顔をはりつけた。 真「お風呂、借りていいですか?」 “いい子ちゃん”のフリ。 とっくに慣れてしまったのは、きっと、親戚を端からたらいまわしにされてるせい。 「もちろん」。静かに微笑んでうなづくおじさんにあたしはもう一度頭を下げた。
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