63人が本棚に入れています
本棚に追加
手拭を髪に乗せたまま、風呂場へ歩みを進めるあたしの背後。
「・・・・・真白ちゃん」
名を呼ぶおじさんの遠慮がちな声が、それを制する。
「ほかの家がどうだったか知らんけど・・・・・ここが自分の家だと思ってなんでも言うてな。真白ちゃんは何も悪くないんやから」
そっとつけ足されたその言葉。
何も言わずに深く頭を下げて、もう一度彼に背を向けた。
お風呂から上がり、用意してもらった食事をとって。
あたしが部屋に帰るころ、空はすっかり夜に侵されていた。
浮かんだ雲の切れ端。
ひとつふたつ、星屑がのぞく。
それを見上げながら、あたしはのそりと布団に腰を下ろした。
与えられた部屋は、家のはずれ。
物置として使っていたのをわざわざ空けてくれたらしい。
少しだけ埃っぽい、四角い空間。
古ぼけた窓と布団。あたしの少ない荷物、それだけ。
真「・・・・・あんな女、か」
空を仰いだままのあたしは優ちゃんの台詞をそっと繰り返す。
彼女が言う“あんな女”は、この家のおじさんの兄である―――
あたしの父と結婚をした。
身よりがなく、愛想もとりえもない母。
親戚一同の反対を押しきっての結婚だったらしい。
あたしが生まれて、幸せな家庭を築いて、そこまではよかった。
・・・・・五年ほど前に父親が、病気で死んでしまうまでは。
最初のコメントを投稿しよう!