捨て猫、一匹

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手拭を髪に乗せたまま、風呂場へ歩みを進めるあたしの背後。 「・・・・・真白ちゃん」 名を呼ぶおじさんの遠慮がちな声が、それを制する。 「ほかの家がどうだったか知らんけど・・・・・ここが自分の家だと思ってなんでも言うてな。真白ちゃんは何も悪くないんやから」 そっとつけ足されたその言葉。 何も言わずに深く頭を下げて、もう一度彼に背を向けた。 お風呂から上がり、用意してもらった食事をとって。 あたしが部屋に帰るころ、空はすっかり夜に侵されていた。 浮かんだ雲の切れ端。 ひとつふたつ、星屑がのぞく。 それを見上げながら、あたしはのそりと布団に腰を下ろした。 与えられた部屋は、家のはずれ。 物置として使っていたのをわざわざ空けてくれたらしい。 少しだけ埃っぽい、四角い空間。 古ぼけた窓と布団。あたしの少ない荷物、それだけ。 真「・・・・・あんな女、か」 空を仰いだままのあたしは優ちゃんの台詞をそっと繰り返す。 彼女が言う“あんな女”は、この家のおじさんの兄である――― あたしの父と結婚をした。 身よりがなく、愛想もとりえもない母。 親戚一同の反対を押しきっての結婚だったらしい。 あたしが生まれて、幸せな家庭を築いて、そこまではよかった。 ・・・・・五年ほど前に父親が、病気で死んでしまうまでは。
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