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私たちは、教師と生徒だった。だから、お互いに礼儀正しく優しく接することができていたんだ。
でも、それは危ない均衡の上に成り立っていて、どちらかが僅かにでもバランスを崩したら簡単に崩れてしまうような危ういもので。
私たちはお互い慎重だったから、かなり上手くやれてたと思うよ。
そう。あの時までは。
どうしてそう言う話題になったのか、全く覚えてない。だって、その話題は、巧みに避けていた筈だから。
楓の奥さんの話し。
「美羽は、入院してるんだ。もう、2年…。一度も目を覚まさないまま……。」
楓の視線は、窓の外のどこか遠くをさまよっていた。私なんかの手には届かないような所に行ってしまってるみたいで、苦しくなった。
わたしは、プリントの端を丁寧に揃えながらゆっくりと呼吸を繰り返す。私の思いがはみ出して、楓を困らせてしまわないように。
「…先生は、待ってるの?
奥さんが目覚めるのを…、ずっと。」
私を見てって、思った。醜い嫉妬。息が詰まりそうになる。
楓は寂しそうに笑った。
「待ってる。
…って、ずっと待ってるって思ってた。今でも、そう思ってるって…、信じたいのかな…。」
楓は少し疲れたように微笑んだ。そして、私から視線を外して軽く息を吐いた。
「少しだけ、教師らしくないこと、言っていい?」
私はコクンとうなずいた。楓の目は迷っているように揺れていた。
「わからないんだ。
いつまで待ってればいい?のかなんて…。
美羽を、ずっと待っていることができるのかどうかなんて、全然想像がつかない。
でもさ。待っていなきゃいけないんだ。オレは、美羽に対して責任があるから。」
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