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観光局は木造の建物だ。
先進国にあるような観光局を訪れた後にここへ来ると、やはり発展途上なのだと感じさせられる。
ここへ来るのは初めてではない。
しかし、このギャップにはなかなか慣れない。
俺はフリージャーナリストをしていて普段はダニエル・スタンレーという名前で通っている。
当然、本名ではない。
ヤバイ仕事もする都合上、本名など好評できるわけがない。
国籍は合衆国。
ジャーナリストとはいっても、テレビに出演してコメントを述べるだとか新聞の編集をやってるだとか、そういった一般的なことを生業としているわけではない。
カメラ片手に取材をするのは同じだが、俺の仕事は誰も目にしたことのない世界を世に公開することだ。
それが良いものであれ悪いものであれ、興味をひくネタには変わりない。
俺はそういった特ダネを武器にしてビジネスを続けてきた。
そして今日も、ここハイチに来て、お得意のビジネスをしようというわけだ。
ダニエルはカール・ストーンに招かれて観光局の奥へと進んでいった。
「今夜、局長は祭に出席していてねぇ、今頃は特等席で見物していることだろう。彼は祭が三度の飯より好きだからな」
カールはワインのコルクを引き抜いてグラスに注ぎながら話を始めた。
「ハイチには今日着いたのかい?」
カールは先に座っていたダニエルの前にグラスを置いた。
中には赤ワインが入っている。
しかし、何か様子が変だった。
「実は昨日着いてまして・・・本当は昨日のうちにご挨拶をと思っていたのですが、急用が入ってしまいまして・・・」
ダニエルはワインに手を付けなかった。
しかし、それをカールは見逃さなかった。
「スタンレーさん、ワインはお嫌いですか?」
ダニエルはドキッとした。
まるで心の中を見透かしているかのようなカールの指摘に。
「い・・・いえ・・・ただ、何か浮いているようで、ちょっと気になっただけです」
カールはすぐにダニエルのグラスを手に取って、中を見た。
「これはこれは失礼しました。少々ゴミが浮いているようですね。ビンごと取り替えましょう。すぐに代わりのワインを持ってこさせます」
本当にただのゴミだったのかはわからないが、ダニエルは一難去ったことに安堵した。
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