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続いて自分もエプロンを外しながら向かい側に座る、ものの………
何と言って話し出したら良いのか分からない。
お互いしばらく沈黙していると、やがてマスターによってコーヒーが二つ、目の前に並べられた。
「ごゆっくり」
敦史に軽く会釈をして、マスターはカウンターへ戻って行った。
しかし、そういうわけにも行かないだろう、
コーヒーに少し口を付け、意を決して顔を上げた。
すると、
「元気…、そうだな」
目が合った瞬間、彼が先に口を開いた。
静かな口調で、落ち着いた声音。
けれども、彼が今日何のためにここに来たのか、どんな顔をしたらいいのか分からず、戸惑いながらもなんとか「ええ」と、頷いた。
「どうしてここにいるって…」
「電話で…お母さんに聞いたんだ」
「そう…」
そう言葉を交わしながらも、ざわざわと波立つ胸の奥。
店の雰囲気とマスターの淹れてくれたコーヒーで落ち着いてはいられるものの、頭の中は言いようのない不安でモヤモヤしている。
目の前の彼は、尚も穏やかに、カップを口に運んだ。
そしてそれを、カチャリとソーサーに降ろす。
「イドウ、することになったんだ」
「え…?」
会社勤めから離れてしばらく、感覚が鈍ってしまったらしい。
それがなにを言っているのかしばらく考えた後、ああ『異動』ね、と気付く。
と、同時に、彼が私がいた部署のエースだったことを思い出した。
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