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「えー、本当なのそれ」
「本当だって。
昨日飲み会で部長達が言ってたの聞いたんだもん」
背後の廊下を歩きながら、抑え目のトーンで話す声が近づいてくる。
声を潜めたって、始業前のオフィスは静かなんだから、聞こえてしまうのに。
私は構わず、今洗った湯呑を布巾でひとつずつ拭き続けた。
「だって…市原さんて、東城さんと…じゃなかったの?」
「だーかーらー、事情が変わったんでしょう?
究極の選択ってやつ?
…まあ、決して許したくはないけど、理解はできなくはないと言うか…」
「いや、理解もしちゃいけないでしょ…」
足音はなおも近付いてくる。
拭いた湯呑をトレーに載せて給湯室を出た。
「あ」
思わず声を出した片方と、それをたしなめるように腕を軽く叩くもう一方。
声からの予想通り、うちの課の後輩2人組だ。
「おはようございます。早いのね」
私は何にも聞いてなかったかのように声を掛けた。我に返ったように、笑顔になる2人。
「お、おはようございます。今日は朝一で外出なので、その準備です」
たしなめた方が答えて、もう1人はコクコクと頷いた。
「そう、気を付けてね」なるべく自然にその場を後にする。若干背中に視線を感じるけれど。
私は、普通に歩いているだろうか。
普通に笑えていただろうか。
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