2人が本棚に入れています
本棚に追加
傘、盗まれたんだった。
まずい。非常にまずい。これは遅刻する。そして、濡れる。
9畳のマンションの玄関口で慌てて靴を履いて、傘を取ろうとかがんだまま手を伸ばせば、スカッと手が空を切った。
実家では”傘は一人につき一本”が当たり前だったため、引っ越してきたときも一本しか持って来なかった。だから、予備の傘なんてない。もちろん、折り畳みなんて「一回ずつたたむなんて、めんどすぎる。普通の傘で十分だし。」という自身の主張により、持ってすらいなかった。
「どうしよう。日傘・・・・はあるけど、雨の日に日傘なんてさしてたらおかしいし。」
チラッと腕にはめた時計を見ると、急げば講義にギリギリ間に合うといったところ。
「仕方ない。覚悟を決めよう。たとえ濡れても乾く乾く。それより講義に遅れた方がやばいよね。」
こんな時に限って遅れたら出席点がもらえない中国語の講義。あの教授なら小言までついてくるに違いない。
こんなことなら、盗まれた日に買いに行けばよかったと後悔してもしかたない。
そう思いながら、玄関の扉を開けて奏子は雨の降る道路へと歩き出した。
最初のコメントを投稿しよう!