1人が本棚に入れています
本棚に追加
雨が降っていた。
おかげで人通りが慌ただしくて、危うく傘を落としてしまいそうになる。
道行く人たちはなぜか霞んで見えて、その当たり前の光景にも少しウンザリしてしまう。
ザザザ…‥・
ザザザ…‥・
ザ…‥・―
そんな中、不意に、音がとまった。
慌ただしい街中に、霞んで見えていたこの灰色である街の中に、ポツンと浮かび上がった一つの色。
この世界で、自分とその色だけが存在しているような、妙な感覚を覚えた。
傘も刺さずに、一人ずぶ濡れになって、雨の降り様を仰ぎ見ている人が居る。
その唇から、うっすらと白い息が吐き出される。
人々が傘を刺して早足で歩いているその中で、その色だけは時間がとまって居るかのようだった。
もう遅いのだと解ってはいたが、気付けば僕は、その子に傘を差し出していた。
「ぇ…?」
小さく呟いたその声は、何の汚れのない澄んだものだった。
一瞬、自分が近付いてはいけないような気がした。
それでも、ここだけ色が違うことに、その澄んだ空気に、自分は触れたいと思った。
「おいで、服を乾かそう」
今までの自分では考えられないようなセリフを、いけしゃあしゃあと吐いた。
別にやましい気持ちなんかない。
ただ、凍えているその人を、これ以上そのままには出来なかったのだ。
そして、言ってから気付く。
(もしかして、これは…ナンパになるのか?)
―*―*―
連れて帰って来たのは彼女一人だと思っていたのだが…。
「仔猫…」
がその人の服に隠れていたようだった。
「猫、嫌い?」
雪と名乗ったその人が、不安そうに尋ねてきた。
そんな顔をさせてしまったことに、僕は小さな罪悪感を覚える。
笑って欲しくて、僕は彼女の中の誤解を解く。
「いや、猫は好きだよ。ただ、少し驚いただけ」
そう、僕が言った時、彼女は何とも言えない可愛らしい微笑みを見せてくれた。
その事が嬉しくて、酷く愛おしく感じた。
「ンナァ~」
彼女の腕の中で、仔猫が一鳴きした。
なんだか仔猫と自分が、同じ気持ちのように感じる。
彼女に抱く感情が一致している気分だ。
そしてこの日から、僕と君と子猫の二人と一匹の生活が始まったんだ。
最初のコメントを投稿しよう!