彼女と子猫

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雨が降っていた。 おかげで人通りが慌ただしくて、危うく傘を落としてしまいそうになる。 道行く人たちはなぜか霞んで見えて、その当たり前の光景にも少しウンザリしてしまう。 ザザザ…‥・ ザザザ…‥・ ザ…‥・― そんな中、不意に、音がとまった。 慌ただしい街中に、霞んで見えていたこの灰色である街の中に、ポツンと浮かび上がった一つの色。 この世界で、自分とその色だけが存在しているような、妙な感覚を覚えた。 傘も刺さずに、一人ずぶ濡れになって、雨の降り様を仰ぎ見ている人が居る。 その唇から、うっすらと白い息が吐き出される。 人々が傘を刺して早足で歩いているその中で、その色だけは時間がとまって居るかのようだった。 もう遅いのだと解ってはいたが、気付けば僕は、その子に傘を差し出していた。 「ぇ…?」 小さく呟いたその声は、何の汚れのない澄んだものだった。 一瞬、自分が近付いてはいけないような気がした。 それでも、ここだけ色が違うことに、その澄んだ空気に、自分は触れたいと思った。 「おいで、服を乾かそう」 今までの自分では考えられないようなセリフを、いけしゃあしゃあと吐いた。 別にやましい気持ちなんかない。 ただ、凍えているその人を、これ以上そのままには出来なかったのだ。 そして、言ってから気付く。 (もしかして、これは…ナンパになるのか?) ―*―*― 連れて帰って来たのは彼女一人だと思っていたのだが…。 「仔猫…」 がその人の服に隠れていたようだった。 「猫、嫌い?」 雪と名乗ったその人が、不安そうに尋ねてきた。 そんな顔をさせてしまったことに、僕は小さな罪悪感を覚える。 笑って欲しくて、僕は彼女の中の誤解を解く。 「いや、猫は好きだよ。ただ、少し驚いただけ」 そう、僕が言った時、彼女は何とも言えない可愛らしい微笑みを見せてくれた。 その事が嬉しくて、酷く愛おしく感じた。 「ンナァ~」 彼女の腕の中で、仔猫が一鳴きした。 なんだか仔猫と自分が、同じ気持ちのように感じる。 彼女に抱く感情が一致している気分だ。 そしてこの日から、僕と君と子猫の二人と一匹の生活が始まったんだ。  
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