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「あれ、胡蝶蘭の鉢でも落ちたかな?」
ちょうど温室の扉に手が届く距離だったので、扉の間から顔だけ入れて、中を覗き込んだ瞬間。
「え、誰?」
父親の大事な胡蝶蘭の鉢にのしかかるようにして、ヤサ男風の男性がうつぶせに倒れているのが見えた。
彼が視界に入ったと同時に、焦げ臭い匂いが温室に充満し始めた。
次の瞬間、ドサッ、ドサッと、続けざまに音が響き、真衣子の目の前はいつの間にか、火事で焼け出された直後のような、焦げついた衣服を身にまとう男性が、計6人。
真衣子は温室の天井を見上げた。
どこにも穴は開いてない。
温室内部も、胡蝶蘭の鉢がごろごろと転げまわっている以外は、人が侵入できるような穴や隙間は見当たらない。
茫然自失の真衣子は、顔だけ温室につっこんだまま、硬直していた。
その時、6人の黒こげ男の誰かが、やたらと冷静な声でつぶやいた。
「らせんのかいだん、へいさかんりょう」
その低い声を耳にした瞬間、真衣子は呼吸を忘れていたことに気づき、大きく息を吸って、悲鳴を上げようとした。
そんな真衣子に、黒こげ男の一人が苦しげな息の下から言葉を発した。
「すみません、ホースは・・・どこ?」
まるで死の瀬戸際にいるように生気のない声音。
完全にうろたえている真衣子に話しかけた男は、顔にまで大火傷を負っている。
そして、真衣子のそばまで苦しそうにはいずりながら近づいてくるので、もはやどこかのホラー映画の中に自分が飛び込んでしまったかのような戦慄に震えていた時。
「ほ、ほほ、ほーすってあんた!」
「ホースっつったら、水出すホースだろ、あんたバカか!?」
そう切り捨てるように言った男も、着衣が真っ黒こげ。
にもかかわらず、まるで特殊メイクを施しているだけかのように、重力を感じない軽快な動作で立ち上がると、真衣子を軽く押しのけるようにしてドアを開け、扉の脇に設置されているホースをつかむと、蛇口を勝手にぎゅっとひねった。
「ほら、どけ!」
そう言葉を発したときには、すでにホースから大量の水が吹き出ていた。
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