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まるで掻き消えた朧月のようだと、誰かは思った。
天から降り注ぐ赤い月の光も拝めないような、
うっそうと生い茂る森の深部に、
男がただ一人で立ち尽くしている。
全身黒尽くめの格好をしていて、
顔も分からぬほどに澱んだ闇の中で、
その目はやけに冷静だった。
なにもない黒い穴がぽっかりと空いたように、その目には光がない。
その日は静かな夜だった。
まるでが全ての生物が眠りについているように、
虫の鳴き声すらも彼の耳には聞こえてこない。
静寂に満たされた世界は、
それが一つのものとして完成しており、
彼は身じろぎ一つすることなく風景と同化していた。
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