0.プロローグ

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まるで掻き消えた朧月のようだと、誰かは思った。 天から降り注ぐ赤い月の光も拝めないような、 うっそうと生い茂る森の深部に、 男がただ一人で立ち尽くしている。 全身黒尽くめの格好をしていて、 顔も分からぬほどに澱んだ闇の中で、 その目はやけに冷静だった。 なにもない黒い穴がぽっかりと空いたように、その目には光がない。 その日は静かな夜だった。 まるでが全ての生物が眠りについているように、 虫の鳴き声すらも彼の耳には聞こえてこない。 静寂に満たされた世界は、 それが一つのものとして完成しており、 彼は身じろぎ一つすることなく風景と同化していた。
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