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次の朝、あの筆箱を掲げながら、子供達にもう一度尋ねた。
「この筆箱は、公彦の物だ。見てくれ、この落書きや破れた蓋を。誰か何か知っているだろう?覚えのある者は正直に話してくれ。何か知っている者は、教えてくれ」
子供達が騒ぎ始めた。
「それって、いじめ?」
「誰だよ、あんな事をしたの?」
「早く自首しろよ」
そして、健太の「タカ、まさか」の声で、何人かが隆人の方を振り向いた。
「ふざけるなっ。俺はそんな卑怯な事はしねえぞ。もし俺が公彦に腹を立てていたら、奴をブッ飛ばす。
物に当たるのは卑怯者のする事だ。俺はセコイ事は嫌いだ」
隆人が、本当に健太をブッ飛ばすような勢いで怒鳴り付けた。健太はビクッとした後、顔の前で両手を摺り合わせて隆人に謝っていた。
二人は普段は仲が良い。と言うより、健太は隆人の子分の様な存在で、廊下を歩く時などは、健太が先導して歩き、その後ろを隆人が少し仰け反りながら胸を張って歩いている。
水戸黄門の前を行く助さん角さんの様だ。もしくは、人気アニメのジャイアンとスネ夫の関係に似ている。
確かに隆人が、こんな事をするとは思えない。多少乱暴な所もあるが、根は優しい子供だと思っている。
一見ただの乱暴者とも思える隆人の周りへの接し方は、土木業を営む父親の影響が大きい様だ。年度始めの家庭訪問の際、その父親はビールを飲みながら、こう言った。
「先生、世の中は支配する者と支配される者で作られている。どうせ生きて行くなら、私は支配する者でいたいし、隆人にもそう教えている。支配する為に一番必要な物は『力』ですよ。『力』のある者が世の中を動かす。
違いますか、先生?
ただね、『力』というのは抑えつける『力』だけじゃ駄目ですよ。時にはねじ伏せる強い『力』が、時には包み込む優しい『力』が。その両方が必要で、そうやって人に接していると生まれて来る物がある。
先生、それが何だか判りますか?」
そこまで言って、グラスに残ったビールを一気に飲み干した。
「それは『信頼』ですよ。『力』のある者が『信頼』を手に入れた時、そいつが世の中を支配するんじゃないですかね?」
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