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七月の中頃の事だった。
公彦が風邪だと言って休み始めてから三日目の放課後、公彦の母親が訪ねて来た。誰も居ない所で話がしたいという事なので、教室に案内した。
『何かあったんだろうな』と思いながら、教室への廊下を歩いていた。
教室に着き、机を二つ向かい合わせて「どうぞ」と声を掛けたが、公彦の母親は席に着こうとはせず、立ったまま俯いている。小柄なその母親は、バッグからハンカチを取り出すと、声を微かに震わせながら話し始めた。
「公彦、本当は風邪ではないんです。突然、学校なんか行きたくないって言い出したんです……。
もしかしたら、あの子、いじめにあっているかも知れないんです」
そこまで言うと、ハンカチで口元を押さえて、また俯いてしまった。
『そんな馬鹿な。自分のクラスでいじめが起きてるなんて』
テレビのニュースで、いじめが原因となっての悲しい出来事が、連日のように報道されていた。
関係者からの
「そんな事が起きていたなんて、全く気が付きませんでした」
そういったコメントを聞く度に、腹立たしさを感じていた。校長や教頭ならまだしも、担任が自分のクラスのいじめに気が付かない筈がないと思っていた。
それは、子供たちの心に寄り添おうとしていないからだと思っていた。
だから初めは、公彦の母親の言葉を疑った。
『そんな筈がない』
という想いが、一瞬にして自分の中で苛立ちに変わっていたが、冷静を装って尋ねた。
「どういう事なのか、具体的にお話頂けますか?」
「はい」
母親は、かろうじて聞き取れるような返事をすると、やっと席に着いた。
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