あの日

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秋汰は既に背を向けていたが 「第一科学室な」 と言って振り替えると、俺の分の教科書一式を投げて寄越した。俺はそれをなんとか受け止める。 「人のロッカー物色してんなよー」 「うっせ、ありがとうだろそこは!」 いつものやり取りだ。 本当にいつもと同じ。 高校に上がって少しは色々と代わり映えするものかと思ったが、まったくそんなことは無い。そもそも一緒に居るヤツが変わらなければ、根本的な所が変わるはずもないことを、俺は秋汰の側に居ることで理解した。 秋汰とは古い付き合いだ。高校だけが一緒なわけじゃない。それこそ小学校から同じなのだから、今更新鮮さもへったくれもない。 「変わんねーな、何にも」 ふと、思ったことが口をついて出た。 隣を歩く秋汰にはもちろんそれが聞こえたらしく 、何の話だといったふうに俺を見た。 「んだよ急に」 「いーやー?べっつに」 俺がフイっと目をそらすと、秋汰はそれ以上何も言わなかった。 ......そーそー、これな。 この沈黙がなんとなく気分を落ち着かせるのだ。沈黙が苦にならないというのは、それだけで心地がいい。長年一緒に居ても嫌にならない理由もきっとここにある。 蝉はうるせぇけどな。 沈黙のせいで蝉の声がやけに耳に飛び込んでくるのは、この際どうでもよかった。 「分かるかっつの!」 「普通なら分かんだよ、普通ならな」 それは俺が普通ではないと言いたいのだろうか。 流石にこの暑さでは集中力が持たず、俺は遂にシャーペンを手放した。ノートに書きなぐってある文章も、もう頭には入らないとふんだ。 まぁ最初っからなんも頭には入ってねぇけど。 「...何回も言うけど中学の範囲だからな」 また出た。秋汰はさっきからそればっかだ。俺も俺で、そんなの信じねぇ!の一点張りだが。 一体なんでこうなった。 我ながら自分の馬鹿さには感服だ。 -科学の時間- 「俺なんとなく今日頑張るわ」 「......は?」 何を思ってか、俺は唐突にそんなことを口にした。どんな運命が働いたのか理科の班まで一緒になった秋汰が、心の底から意味が分からないといった顔をする。当然だ。俺本人ですら何故そんなことを思ったのか分からないのだから。 本当になんとなく、そう思ったのだ。 「いや知らねぇけど......お前大丈夫?」 「大丈夫だから頑張んだよ」 いつもは開かないノートを久し振りに開いてみると、 なんだか新鮮な感じがした。
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