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「く、れあ……?」
力が抜けたように兄はがくりと膝を付き、前のめりになり倒れた。
相当痛むのか冷や汗が出ている。
「ごめんね?お兄ちゃんは殺しそこねたって事にする」
「な、に…いって…?」
「痛いよね?ごめんなさい、今すぐ救急車呼ぶから。……ちゃんと急所は外してるし、ナイフは刺しっぱなしで止血されてるから…死にはしないはず…。救急車来るまで痛みには耐えてお兄ちゃん…」
「呉亜、…待っ、」
「バイバイ」
兄の絶望した顔を私はこれ以上見ていられなくて、背を向けた。
後ろから私の名前を何度も何度も叫ぶ兄の声が痛い。
でも、今後聞けなくなるから今たくさん聞いて記憶に刻み付けよう。
一歩、私は兄から離れた。
また一歩離れる。
一歩一歩確実に足を進め、家の玄関へと向かう。
「呉亜…!!呉亜!!!」
「ダメ、だよ。お兄ちゃん、血出ちゃうから…叫ばないで」
「っ、こっち向けよ…ッ!呉亜!」
玄関までの道程ってこんな長かったんだ…。
ドアに手をかけた瞬間、よりいっそう大きな声で兄は私の名前を呼んだ。
鍵を開け、ドアを開き、私は振り返る。
最後くらい兄の笑顔を見たかった。
兄にとって私の最後の顔は笑顔であってほしい。
だから笑え、笑え笑え笑え。
「バイバイ、お兄ちゃん。世界で一番愛してた」
ドアを閉めたというのに、ドア越しに私の名前を絶叫する兄の声が、耳に届いた。
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