たとえば君が想うとき

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 やがて式場から出てきた君を見て、僕は胸が痛くてどうしようもなくなった。運び出されようとする僕の棺に駆け寄り、ハンカチも投げ捨ててしがみついている。  待って。連れて行かないで、と、大声で泣き叫んで棺を放さない。周りの人達が悲しそうに君を引き離そうとするけれど、君はそんなにちっちゃな体で、力を振り絞って『僕』を引き止めていた。  ごめんね。不甲斐ない僕でごめん。ずっと一緒にいてあげられなくてごめん。  真っ黒いワンピースの裾が、砂で白く汚れていた。猫を追いかけたり、私服のまま新作料理に熱中したりして、君はよく服を汚す子だったね。だから僕は決まってポケットにウェットティッシュを忍ばせていたんだけど、そうだね。僕にはもう、それを差し出すことは出来ないね。  僕が聞いたこともないような大きな声で泣き叫ぶ君は、ようやく棺から引き離された。それでも僕を追いかけようと、もはや誰とも分からない腕から逃れようとするけれど、棺を乗せた黒塗りの車が幾度か泣きながら去っていくのを見て、ぺたりと地面に座り込む。  そうだね。きっと僕が君の立場だったなら、まったく同じことになっていたと思う。きっと人生でこれ以上はないというほど泣いて、自分の歳も忘れて泣き叫んで、連れて行くなと訴えるんだ。  ごめんね。ごめん。本当に僕は情けない。もっと君と一緒にいたかった。笑わせてあげたかった。本物の胡蝶蘭をプレゼントしてあげたかった。  ああ、そうだ。こんな時に言うことではないけれど、君が作った新作デザート。美味しすぎて惚れ直しましたとアンケートに書いて素知らぬ顔でボックスに入れておいたけど、あれ、本当は書いたの僕です。閉店後にボックス開けて、僕の書いたアンケート見つけて、これ書いたの絶対君でしょって言われて違いますってしらばっくれてたけど、それ書いたのやっぱり僕です。
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