たとえば君が想うとき

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『うわあ! 来てくれた来てくれた! 本当に来てくれたあ!』  僕が島に移住し、初めてレストランに顔を出したときの君の第一声。僕と同い年ながら、三つ四つ下を思わせる童顔気味な顔立ちで、くりっとした大きい瞳が特徴的だった。清潔感のある黒髪は綺麗に後ろで一まとめにされ、可愛らしいフェアアイル柄のバレッタがよく映えていた。  ショッピングモールも、ゲームセンターも、飲み屋なんかもほとんどないこの島に移住してまで働こうという人は今までいなかったらしく、求人もかれこれ半年以上出し続けているのに応募はゼロ。  今月も駄目だったなら求人を諦めようと話し合っていた矢先だったらしい。最終的には従業員でもなんでもない近所の人まで集まって、若いのに変わっているだの、頑張ってくれだのたくさんの声援を受けた。僕にとってみればこの求人を目に留めなかった人達のほうがよっぽど変わり者だと思うよ。こんなに素敵な町に魅力を感じないなんて。 『ここは私のお父さんが始めたお店なの。気に入ってくれるとうれしいな』 『来てくれて本当にありがとう! これからよろしくね!』  君はそう言って、ちっちゃくて柔らかい手を僕に差し出した。こんなに小柄で可愛らしいのに、一人でこの店の経営をやりくりしているなんて。  それに比べて僕は、と、なんとも卑屈な気持ちになったのを覚えている。けれど君はそんな僕ににっこり笑いかけて言ったんだ。きっともっと楽しい店になるね、と。  僕なんかがいることで店が楽しくなるといってくれた。僕がここに来たことに意味はあるのだと言ってくれた気がした。胸の底のもっと底のほうが、お風呂に入ったときのようにじんわり温まっていくのを感じた。凄く嬉しくて、でもなんだか恥ずかしくて、結局僕が言ったのは一言だけ。 『よろしくお願いします、店長』  君の手を握った時、僕の世界は廻りだしたんだよ。
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