たとえば君が想うとき

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 その日、僕の世界が途端にカラフルになった。君の髪に居座るバレッタが、フェアアイル柄からレース柄に変わった頃だった。  小心者の僕は、せっかく思いが通じた君と特になにかすることも出来ず、島を散歩したり、仕事帰りに一緒にご飯を食べたり、休みの日に君とコーヒー豆屋さんに足を向けたり。すこし一緒に出かけることが増えたくらいで、進展というものは無かったように思う。  だから僕は、ある日から節約に専念した。食費を削り、光熱費を削り、服もほとんど買わなくなった。携帯の料金も一番安いものに買えて、近所の人から心配されるほどお金を使わなくなった。  当然君にも心配されて、泣かせてしまいそうになったこともあったね。けどそのときにはやっとお金が貯まっていて、君に伝えることが出来た。ずっと言いたかったんだ。一緒に住まないかって。  君はとても驚いていたけれど、くりくりの瞳をぎゅっとつむったかと思うと、僕に抱きついてきてくれたんだ。  そんなに喜んでくれるとは思っていなくて、むしろ断られるかもしれないとすら思っていたから、僕も本当に嬉しくて。  だから君に抱きつかれた勢いで倒れてベンチの角に頭をぶつけたことなんて、全然なんともなかったよ。君は涙目で必死に謝ってきてくれたけど、本当にあの時は痛みを感じなかったんだ。  もう君に直接伝えられることはないけれど、何度でも言うよ。本当に大丈夫だったから、それを時々思い出して申し訳なさそうになんてしなくても良かったんだよって。
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