第一章

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その何気ない所作が流れるようで、紫苑姫は柄にもなくその姿に見惚れてしまうのです。 すると男は紫苑姫の足元にひざまずき、脱げた草履をそっと彼女の足にあてがいました。 (え、わ……なにっ?) 途端に心の臓が跳ね上がり、まるで祭りの太鼓のように激しい音を立て始めて、紫苑姫は眩暈を覚えました。 けれど男はそんなことにはお構いなしに、尚もひざまずいたまま、紫苑姫の着物の裾に着いた土埃まで優しく払ってくれるのです。 「あ、あのっ。大丈夫です。あ、ありがとう、ございます」 紫苑姫は頬が紅く染まるのを感じて、恥ずかしさの余りたどたどしく男に声を掛けました。 それを受けた男はくすりと息を吐き、そのまま紫苑姫を仰ぎ見たのです。 今度は男の貌に光がよく当たり、その造りをはっきりと見て取ることが出来ました。 美しく弧を描いた眉の下に、優しく微笑む柔和な瞳。 すっと筋の通った形の良い鼻と、柔らかそうな唇。 顎もすっきりしていて、まるで絵巻物に描かれた美麗な公達のようでございます。 将時のようなきりっと利発そうな美丈夫ではなく、柔らかく艶やかなその男の美しさに、紫苑姫は息をするのも忘れそうなほど、見とれてしまいました。
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