○月×日

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○月×日

 京都──かつて、鶯の産声と共に栄えたいにしえの都。500年もの平安を築いた帝の街は今、近畿を代表する大都市である。  都市でありながら背の低い建造物が立ち並ぶ街並みは、他の大都市には見られない異国情緒を醸し、都市型という名の没個性をひた走る日本の主要都市とは一線を画している。  都会になりきれない街──などといえば、少し嫌みに聞こえるだろうか。  そんな都市の西側を南北に貫く西大路通周辺といえば、全国的にも非常に有名な施設が散在している。桜の名所平野神社や京を代表する石庭を持つ龍安寺など、さながら寺社仏閣を中心にした観光資源の宝庫だ。  その中でも世界的に名の知れた寺院といえば、西大路通の北の果て、北大路通との交差点にほど近い場所に位置する鹿苑寺でろう。黄金色に輝く舎利殿“金閣”の名称から、一般的に金閣寺と呼ばれ親しまれている。  その鹿苑寺の裏手に、西大路通から一際目をひく一つの山がある。一度西大路通を歩いた人間ならば、まず間違いなくその威容に目を奪われたことだろう。なぜなら、その山の中腹には力強く“大”の文字が刻まれているのだから。  街並みに紛れるように佇むその山こそ、五山の送り火で知られる左大文字山である。  12月3日。夏には青々と葉を茂らせるこの山も、冬枯れた今の時分には随分と寂しい趣を醸し出していた。葉を落とした樹木達は次の芽吹きに備えて寒そうにその身を風にさらしている。  そんな山道を抜けて、僕が左大文字山の火床にたどり着いたのは、冬の日の昼下がりのことだった。  53基の火床が立ち並ぶ山の中腹には視界を遮る物がなく、それまで鬱蒼としていた森林が嘘のように拓けていることに僕は感嘆の表情を浮かべた。そこからの展望はまさに絶景。すり鉢型に窪んだ特有の地形も相まって、古都の街並みが一望できる大パノラマが広がっていた。  麓からそう時間をかけずにたどり着けるこの展望は、尽くす労力の割には幾分も贅沢に思える。しかし、さぞ人気を集めそうな場所なのだが、入山者の影は見当たらなかった。その中で、僕が唯一の入山者を見つけたのは、閑散とした火床を少し歩いてからだった。  ざくり、ざくりと、山肌を踏みしめて火床を眺め歩く。夏の送り火にはここにある53基全てに明かりが灯され、煌々と夜を彩るのだが、その力強さはなりを潜めていた。どこかうら悲しさすら漂う情景をボクの体がゆっくりと歩いていく。
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