第1話 彼女が傘をささないわけ

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 一週間のうち、3日は決まった時間に家を出る。  それは不定期に仕事の都合で決まる。  事務所までは歩いて15分ほどのところである。  昔から通勤列車は好きではなかった。  だから、いつも歩いて通えるところに引っ越している。  借家暮らしである。  住宅街から駅前を通りぬけ、オフィス街に抜ける。メインストリートを歩いても裏道を歩いても大差はない。  しかし、なるべく車の通り、自転車の通りの少ないところ、そして信号を気にしないで道を渡れるところを通る。  行と帰りでは道を変える。  天気によっても道を変える。  それは些細なこだわり、或いは習慣なのか、習性なのか、人には説明しづらい。  建物を出て最初の十字路、ここは自転車がすごい勢いで急に曲がってきたりする。  雨の日はときに危ない。  傘をさしながら自転車を乗るというのは、私にはどうにも信じられないのだが、そういう人は、おそらく『運のいい人たち』なのだろう。  事故に会わない、いや、事故を起こさないのが不思議である。  私は十字路をまっすぐに……いや、ここは正確にはT路地であることを私もついつい失念してしまう。  まっすぐいくとそこはマンションの駐車場を抜けていくことになる。  私有地であり、元来他人が通行していい場所ではない。  が、しかし、私はここを通りたいのだ。  ここを通り抜け、左に曲がって横断歩道を渡る。  しかしできれば横断歩道の手前の道路を斜めに横断したい。  ほんのわずかなショートカットだが、私はそれがしたいのだ。  右、左と目くばせをする。右からは車が、左からは自転車が飛び込んでくることが多い。 「大丈夫、オールクリア……」  右側から人が歩いてくる。  いや、別に右側だけではない。  後ろからも左からも人は歩いてくる。  傘をさし、身をかがめながら歩いている。  寒いのだから当然である。  しかし、右から来た人――その女性は傘をさしていなかった。 つづく
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