第6話 この指とまれ!

3/15
前へ
/113ページ
次へ
 その異変に気がついたのは、それこそ偶然のいたずらであり、恐らくは、私の目に止まる前から、それはずっとそこでそうしていたのだと思う。『ずっと昔から』というほどでもなく、『昨日今日に始まったことではない』という程度では間違いない。それくらいにあいまいで、不確かなのに、それは確実に前からそこにあったのである。  通勤ラッシュ  玄関を出たときからそれは始まっている。  10階建てのマンションの4階に住む私は、まず、エレベーターにどれだけスムーズに乗れるのかからそれは始まる。  ちょうど降りてきたエレベーターに乗れればいいが、10階から各階に止まり、満員になることもある。  1階から上がってくる場合は、だいたい上の階までいってから戻ってくる格好になるから、その場合はいっそうのこと階段で降りたほうが早く着く。  新聞を取っていない私は、駅の途中にあるコンビニで朝刊を買う。  そこでもレジに並ばずに買えることは少ない。  電車に乗るにはだいたい一本見送り、列の先頭4人の中に入るようにする。  私は幸い会社まで電車一本でいける。  もし、乗換えがいくつかあるのなら、それはそれでまた、ひと手間もふた手間もかけなければならない。  会社の最寄りの駅に着いたら、今度はビルのエレベーターに並ぶ。事務所に入るとタイムカードを押すのに並ぶ。これでようやく一息つける。  月曜日から金曜日までこの作業を繰り返す。  誤差は15分以内といったところだ。  月曜日と木曜日は朝のゴミ出しがあり、水曜日は私が担当する部会の早朝ミーティングがある。  3年前はミーティングが月曜日でゴミは火曜日と金曜日だった。もう、何年も同じことを繰り返している。  いや、何年も経っていなのかもしれないが、この先もかわることはないように私には思えていたし、それを望んでいたと言ってよかった。  通勤電車の中の風景は、あれだけの人がいながら、殺風景という言葉がもっとも似あう。それぞれが自分の存在をできる限り無機質化し、最小化し、感覚器官の感度を最低限に調整する。
/113ページ

最初のコメントを投稿しよう!

11人が本棚に入れています
本棚に追加