第6話 この指とまれ!

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 いや、たしかにそういうこともあるだろう。彼女も普通の人間だ。それがアイドルだろうがモデルだろうが鼻の穴に指を突っ込みたくなることはあるだろう。しかし……それは普通人前ではやらないし、やらなければならない時は人に見えないように、こっそりとやるものである。少なくとも私はこれまでの人生の中で女性が大勢の前で鼻の穴に指を突っ込んでいる姿を見たことはない。いや、一瞬ならそういうこともある。そう、瞬間的についうっかり、或いは確信犯的にこっそりということならあるだろう。  しかし、彼女は、鼻の穴に指を突っ込むのをやめない。ずっとそのままでいる。  いや、これは私の目の錯覚なのか?  目の前に映りこんでいるそのありえない姿は、何か間違ったものが映りこんでいるのか?  恐る恐る、彼女の本体がある方、視線を正面から左に移す。  しかし、確かにそれはそこにあった。  彼女の細く白い指先は、見事に彼女のすっと伸びた鼻先の終着点。鼻の穴に第一関節まで突っ込まれている。  視線を再び正面に戻す。そこで私は私が犯した失敗に気付く。  私の挙動は明らかに不自然であり、彼女にそれを気取られてしまった。電車の窓に映る彼女の視線と私の視線がぴったりと合ってしまった。私は気まずくなり、視線を外そうとしたが、それも情けなく思え、結果的に見つめ合う格好になってしまった。  どうする……、どうすればいい。  迷っているうちに彼女の視線が右側、つまり私の実態に向けられる。私は無視するわけにもいかず、左に向き直る。 「穴に指を突っ込むと、落ち着くの」  そういった。彼女の実態と目があった瞬間、私にしか聞こえないような声で彼女はそう言い放った。そして再び正面を向く。私も、正面を向く。  穴に……指?  穴と言ったか? 彼女は……。
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