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私の中で何かがざわめきたち、体温が上昇するのを、血流が激しくなるのを、心臓の音が大きく、早くなるのを感じた。
私のそれまですっかり萎えてしまっていた何か、或いはさび付いてしまっていた何かがギィギィと音を立てながら動きだした。
私は、妄想をした。
「穴に指を突っ込むと、落ち着くの」という言葉から連想することができるありとあらゆる卑猥なことを想像した。そして自分の身体がそれに反応するのを感じ、慌てて意識をそこからそらそうとした。しかし彼女の視線がそれを許さなかった。
なんて、いやらしい、なんておぞましい、なんて不埒な視線なのだ。
私はそれに耐えきれずに視線を下に落とした。目の前のOLは相変わらずスマフォを覗き込み、さえないサラリーマンは眠りこけ、小柄なサラリーマンは経済面に並んだ数字を眺め、小太りの男は激しく携帯ゲームのボタンを連打している。
誰も気づいていない。
私にも、彼女にも。
私はどうにかして自分の中で暴走し始めた欲情を抑えようと必死になったが、それがどうしようもなく無意味なことに感じ、始めていた。
誰も気づいていない。
私にも、彼女にも。
私はすっかりまいってしまい、彼女に抗うことを諦めようと思った。そう思った瞬間、私はなんだか急におかしくなってしまった。私は私を笑い、指を鼻の穴に突っ込んだ彼女を笑い、ネクタイにコーヒーのシミを付けた私にも、鼻の穴に指を突っ込んでいる彼女にも気づいていない周りの人間を笑った。
電車のスピードが落ちる。もうすぐ停車駅だ。会社まではまだ6駅ほどある。前に座っていたOLが立ち上がる。私のまわりがざわつきだす。この駅で降りる人は多い。私は空いた席に座り、上を見上げた。しかしそこには彼女の姿はもうなかった。
私は安心したような、残念なような複雑な気持ちのまま、新聞を広げ、紙面に目をやったが、まるで頭の中に入ってこない。
新聞をたたみ、カバンにしまうと私は目を閉じて、彼女のことを考えた。いや、彼女のことだけではない。スマフォをいじっていたOLやくたびれたサラリーマン、相変わらず目を皿のようにして新聞を眺めている小柄の男とゲームに夢中の小太りの男、それぞれの日常を想像し、妄想した。
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