第6話 この指とまれ!

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(4) この指とまれ!  次の日、私はもう一度彼女に会いたくて、昨日と同じ時間の電車に乗った。しかし、彼女と会うことはできなかった。考えてみれば当たり前である。私の目の前には、昨日と別の男女が座っている。昨日とまったく同じ顔触れであるはずもない。  私はそれからしばらく、少し時間や車両を変えて彼女の姿を探すことにした。一週間たち二週間になろうとした木曜日、ついに私は彼女を見つけることができた。私は車両の真ん中のシートに腰かけていたのだが、入り口の近くの手すりに彼女は掴まっていた。  いた!  正直、あれは幽霊か何か、特別なものではないかと思い始めていたところだったが、彼女は相変わらず、右の人差し指を右の鼻の穴に突っ込んでいた。しかし、だれもそのことに気付いていないようだった。私は会社に遅れようがなんだろうが、彼女を追いかける心づもりでいた。もし、前回と同じ駅ならば、次の駅で降りるはずだ。  私は、彼女を見失わないようにと身構えた。電車のスピードが落ちる。私は席を立ち、彼女のいるドアめがけて動き出す。彼女の姿が人影に隠れる。彼女は小柄で、おそらく機敏な動きをする。私は彼女のことを何度も想像し、このシチュエーションをシミュレートしていた。  ドアが開く。一斉に人が動き出す。人波をかきわけ、我先にと彼女のいた場所に移動する。思った通りそこに彼女の姿はない。ドアからおり、人の流れに抗いながらあたりを見渡す。  大丈夫。必ず見つかる。  人の流れは電車のドアから駅の階段へと流れていく。その中にあれば階段の下から彼女を見つけることができるはずだ。ところがいくら探しても彼女の姿は見えない。エスカレーターの右側を歩いて上れば数十秒で階を登りきってしまう。エスカレーターの右側、左側、そして階段の左側ののぼりの列を注意深く探すがとうとう見つけることはできなかった。  人の流れに逆らい、階段を見上げる私は他の人の眼にどう写ったのだろうか?  いや、恐らくは誰も気づいていない。彼女が誰にも気づかれなかったように、私も彼らの視界には入っていないだろう。  私はどうにもおかしくなってしまい、思わず声に出してしまった。
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